第238話 再会は突然に

 領都へと帰り道はそれなりに人の通りが多かった。それもそうか。この時期を逃すと、峠道は深い雪に閉ざされることになる。そうなると、王都まで行き来するのは非常に困難になるのだ。それまでに移動を完了させないといけないからね。


 多くの荷馬車と行き交いながら馬車は進んで行く。今のところは特に問題はないようである。先を行く先遣隊からも特に妙な連絡はなかった。このまま何事もなく領都までたどり着ければいいのだけど。


 そんなフラグを立てながらも、例の温泉の街へとたどり着いた。そこは前回、俺たちが訪れたときとは打って変わって、モウモウと煙が立ちこめるきらびやかな温泉街になっていた。通りの一つが「ユリウス商店街」という名前に変わっていた。何だこれは。


「アレックス様、宿の確保は完了しております。いつもハイネ辺境伯家が使っている部屋になります」

「そうか。案内を頼むよ」


 報告に来た騎士が敬礼をして去って行く。それに続いて馬車が進み始めた。どうやら商店街の名前については見なかったことにするようだ。いや、止めようよ。何勝手に弟の名前を使っているんだと言うところでしょう、お兄様!


「ユリウスちゃんの名前がついた通りがありますね。王都でも王族の名前がついた通りはないのに、すごいわ」

「あ、ありがとうございます?」


 すごいのか? こちらとしてはとても恥ずかしいのだけれど。しかし俺の頭をしきりになでてくれているダニエラお義姉様の言葉を否定するわけにもいかず、あやふやな答えを返しておいた。

 宿屋に到着すると、大歓迎を受けた。


「お待ちしておりました、ハイネ辺境伯家ご一行様! ご利用いただき、まことにありがとうございます。ユリウス様もお元気そうで何よりです。ユリウス様のおかげで、この通り、我が街は息を吹き返しました。いや、昔以上になってますよ!」


 とてもうれしそうである。その勢いに思わずほほが引きつりそうになった。我慢だ、我慢。部屋は前回と同じく、旅館の最上階だった。そこからは街を一望することができた。


「初めて見る光景ね。あの白い煙が出ているところが全部温泉なのかしら?」

「たぶんそうだと思います。前に来たときは一つも湯煙が出ていなかったので詳しくは分かりませんけどね」

「そうなのね。それじゃ、全部制覇しないといけないわね」

「頑張って下さい、ミーカお義姉様」

「ユリウスちゃんも一緒よ」


 どうしてこうなった。俺は今、ミーカお義姉様に抱えられて窓から外を見ている。別に自分の二本足で立っても見えるのだが、なぜかミーカお義姉様が抱っこするのだ。腰の辺りに柔らかい何かが当たっている。油断すると三本目の足も立つことになりそうだ。

 ネロは俺の近くで、止めるべきか、止めざるべきか、右往左往している。


「残念だけどミーカ嬢、あまりゆっくりとは滞在できないんだ。早めに出発しないと、途中で雪によって立ち往生してしまうよ」


 苦笑いを浮かべたアレックスお兄様が救いの手を差し伸べてくれた。そこにカインお兄様の姿が見えないのが怖い。いつか後ろから刺されそうである。ミーカお義姉様がションボリした顔になった。


「それでは一カ所だけにしておきますね。行きましょう、ユリウスちゃん」

「ちょっと、ミーカお義姉様!?」

「ユリウスは置いて行きなさい」


 こうしてようやく俺は解放された。ミーカお義姉様はダニエラお義姉様と一緒に温泉に行くらしい。話によると「美肌の湯」というお湯が最近できたらしい。女性陣に大人気だそうである。


「カインお兄様、いくらミーカお義姉様が弟が欲しかったからと言って、限度というものがありますよ?」

「分かってる、分かっているんだよユリウス。でも、止められなくて……しがみつかれた状態で、あの瞳で、上目遣いでおねだりされたら断れないだろっ!」


 カインお兄様が血の涙を流しそうな感じになっている。これはあれだな、完全に尻に敷かれることが確定したな。まあ、ミーカお義姉様はしっかりしていそうだし、それでもいいのかも知れない。確かにあの胸はけしからんからな。


「ほら、せっかくだから私たちもお湯につかりに行こう。精神疲労に効く温泉もあったはずだよ」


 アレックスお兄様に連れられて一つの温泉へと向かった。国内で有名な温泉の街なだけあって、貴族専用の個室の温泉が用意されている。俺たちもそこを利用した。服を脱いで中に入るとすでに先客がいた。


「み、湖の精霊様!?」

「待っておったぞ、ユリウス」

「こ、これが湖の精霊様……」


 さすがのアレックスお兄様も困惑している様子だ。すでに顔見知りのカインお兄様は遠い目をしていた。帰って来て、カインお兄様! 俺を一人にしないで!

 チャポンと四人で湯船につかる。ここで俺を待っていたということは、何か問題があったのだろう。話を聞く前から頭がいたい。


「実はユリウスに頼みがあってな?」

「……何でしょう?」

「ほら、ワシ、こうしてパワーアップしたじゃろう?」

「そうですね」


 ムキッとマッスルポーズをする二足歩行のカメの姿をした湖の精霊。確かに前よりも肌には艶があり、ほとばしる筋肉をしている。それをカインお兄様がうらやましそうな目で見ていた。あの、カインお兄様、お兄様が「魔力持続回復薬」を飲んでも、あんな風にはなりませんからね?


「それでな、ワシ、他の精霊たちに自慢しに行ったのよ」

「何やってるんですか!?」


 本当に何やってるんだこのカメ!? 他の精霊に自慢する? 嫌な予感しかしないぞ。アレックスお兄様もカインお兄様も「嫌な予感しかしない」という顔をしている。


「そしたらな? みんなもあの例の秘薬が欲しいと言って来てな?」


 いや、別に秘薬でも何でもない、ただの魔力持続回復薬なんですけど。それに上目遣いで見られても全然かわいくないから。オッサンに上目遣いで下からのぞかれてもうれしくないからね!?

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