第231話 これは良い魔法薬だ

 国王陛下の俺に対する期待感はストップ高のようである。そして俺の作った魔法薬で元気を取り戻したミーカお義姉様は、納得したかのようにうなずくと共に、両手をワキワキとさせていた。あの手つきは……俺を抱きしめることを想定しているような手つきだ。


 どうやらミーカお義姉様の俺に対する好感度はMAXのようである。いまにカインお兄様に締め上げられるんじゃないかと心配だ。心なしか、他のみんなの視線も熱いような気がする。魔法薬師として活躍するのは当然だとは思っているが、ちょっと照れるな。


「そう言えば、ダニエラから何やら新しい魔法薬があるという聞いているぞ。確か、初級体力回復薬だったかな?」

「ええ、そうでしたわね。初めて聞く名前の魔法薬だわ。ユリウス様が新しく作ったのかしら?」

「い、いえ、違いますよ。この魔法薬もお婆様から継承した魔法薬の本に書いてあったものです。その、少しは改良してありますが……」


 新しく作りました、と言っても良さそうな雰囲気だったのだが、チキンハートな俺は言い出すことができなかった。いつの日か胸を張って言えることができるのだろうか。たぶん無理だろうなぁ。


「そうだったか。マーガレット殿はよほどに新しい魔法薬を世に生み出すことを恐れていたようだな。もしかすると、マーガレット殿の師はあの騒動の最中に粛清されたのかも知れんな……」


 あごに手を当てて思案している様子の国王陛下。当時のことを思い出しているのだろうか? たぶんまだ小さいころの話だよな。それにしても、よく王家が持ちこたえたものだ。先代国王がただ者ではなかったということか。


「それで、その魔法薬を私たちも使ってみたいのだけど、ダメかしら? ダニエラはもう使ったことがあるみたいなのよね。ものすごく機嫌が良かったから、何事かと思っちゃったわ」


 どうやらアレックスお兄様はダニエラ様に飲ませたようである。いつの間に。ダニエラ様の方を見ると、顔を赤くしてうつむいていた。ハイテンションになっちゃったんだね。疲れが吹き飛ぶからね。ネロに頼んでいくつか在庫を持ってきてもらった。


「これが初級体力回復薬か」

「念のため、鑑定しておいた方が良いのではないですか?」


 俺がそう進言すると、軽やかに国王陛下が笑う。何をバカなことをとでも言いたそうである。


「そなたが私を殺したいのなら、その身を危険にさらしてまで、クロエに万能薬を託したりはしないであろう?」


 確かにそうかも知れないな。あの厳重警戒の中、万能薬という名の怪しい薬を城内に持ち込んだのだから。一歩間違えば毒物を王城に持ち込んだとして投獄されてもおかしくはなかった。


「私もいただくわ」

「私もいただきましょう」


 信頼の印とばかりに、王妃殿下と皇太子殿下も手に取った。そして気になったのか、カインお兄様とミーカお義姉様も手に取った。これは知られてはいけない人物に知られてしまったかも知れない。

 ポン、とコルク栓を抜く、良い音がした。


「おお、これはなかなか爽快な喉越し。エールによく似ているな」

「私はエールよりもこちらの方が好き……」

「ええ、本当に。飲みやすくて美味しい……」


 皇太子殿下と王妃殿下の動きがピタリと止まった。良く見ると国王陛下の動きも止まっている。うーん、今さらながらすごい効果だな、初級体力回復薬。これは飲ませたらアカンヤツだったかも知れない。


「なんだこれ」

「何だか力が湧いてくるような気がしますわ……フオオ!」


 カインお兄様の目が大きく見開かれ、ミーカお義姉様が女性が出してはならないような声を上げた。カインお兄様、早くミーカお義姉様を止めてあげてー!

 だがしかし、カインお兄様もそれどころではないようで、なぜが自分の両手を見て、ワナワナと震えている。何かまずいぞ。助けて、アレックスお兄様!


 あ、何か「その気持ち分かります」みたいにうなずいている。アクセルとイジドル、ネロにダニエラ様もウンウンとうなずいている。これはもうダメかも分からんね。


「すーごーいーぞー!」


 国王陛下が雄叫びを上げて立ち上がった。これダメなやつー! 俺はただただハイテンションになった五人を見ているしかできなかった。




「ユリウス、初級体力回復薬を王家にも提供するように。これは良い魔法薬だ。疲れが吹き飛ぶ。こんなにすがすがしい気持ちになったのはいつぶりだろうか」


 落ち着きを取り戻した国王陛下が威厳たっぷりにそう言った。だが先ほどの様子が頭の中に思い浮かんだため、その威厳はなかった。俺は震えそうな体を必死に抑えてかしこまるしかなかった。


 あ、ミーカお義姉様が自分も欲しそうな目でこちらを見ている。もう、しょうがないなぁ。お義姉様のぶんも作っておくとしよう。きっとミーカお義姉様からカインお兄様にも魔法薬が渡るだろう。それでさらに二人が仲良くなってくれればなお良し。取り合いにならないよね? 多めに渡しておこう。


 こうして後半はぐだぐだになってしまったお茶会は終了した。皇太子殿下とも顔見知りになることができたし、王族を相手にしたことで度胸もついたと思う。これなら夜会本番でもそれなりにうまくやれるのではないだろうか。


 アクセルとイジドルも感覚が麻痺してきていることだろう。荒治療だが効果はあったと思う。去って行く王家の馬車を見送りながらそう思った。そうでなければ、今日のお茶会の意味がない。俺が初級体力回復薬をたかられただけじゃないか。


「今日はお疲れ様。後半はあれだったけど、前半は良くできていたよ」


 アレックスお兄様がみんなをねぎらってくれた。どうやら何とか合格点はもらえたようである。あとは本番の夜会でへまをしないように心がけるだけだ。


「そんなユリウスちゃんにはご褒美が必要ね。今日は一緒にお風呂に入りましょう!」

「ミーカお義姉様!?」


 そう言いながら後ろから抱きついてきた。柔らかいマシュマロのような何かが二つ背中に当たる。これはあれだ、完全に義弟ポジションにいるな。もしかして、ミーカお義姉様は弟が欲しかったのかな? そしてどうやらまだ初級体力回復薬の効果が続いているようである。

 その後は何とかアレックスお兄様とカインお兄様がミーカお義姉様をなだめてくれて何とかなった。助かったような、残念なような。

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