第232話 夜会が始まる

「兄弟三人でお風呂に入るのは初めてじゃないかな?」

「そうかも知れませんね。少なくとも私の記憶にはありませんね」

「俺は何回かアレックスお兄様と一緒にお風呂に入ったことはあるけど、ユリウスと一緒に入るのは初めてかな」


 俺たちは今、三人一緒にお風呂に入っている。アクセルとイジドルも誘ったのだが断られた。何でもネロを含めた三人で一緒に入るらしい。何だかのけ者にされたようで悲しい。遠慮せずに一緒に入れば……まあ、無理だよね。逆の立場だったら俺も断るわ。

 俺たち三人が一緒にお風呂に入っているのは他でもない。ミーカお義姉様が俺と一緒にお風呂に入るのを阻止するためである。


「ミーカには困ったものだ。ラニエミ子爵家では一番末っ子だからな。弟か妹が欲しいって何度か聞かされたことがあるよ」

「それなら領地に戻ればロザリアがいるので喜びそうですね」

「そうだな。ユリウスにも喜んでいるけどな」


 恨めしそうにこちらを見るカインお兄様。俺は「アハハ」と乾いた笑いを返すしかなかった。弟に嫉妬するとか、尻の穴が小さいぞ。ほら、アレックスお兄様が苦笑いしてる。


「女性は母性本能が働くからなのか、弟が好きだよね。ダニエラ様もユリウスともっと仲良くなりたいみたいだしね」

「それって私が魔法薬を作れるからじゃないんですか?」

「うーん、それにしては、一緒にお風呂に入りたいって言ってるんだよね」

「なにゆえ!?」


 もうわけが分からんね。どうしてお義姉様方は俺と一緒にお風呂に入りたがるのか。ショタコンなのか? ショタコンなのかも知れない。確かに冷静に、客観的に見れば、俺は美少年だもんな。もしかして、狙われてる!?


「ユリウス、ちゃんと肩までつからないと。ほら、震えているよ」

「ソウデスネ」

「うらやましいなー、ユリウスは」

「ソウデスネ」


 さすがのアレックスお兄様も風呂の中では肩の力を抜いているようである。どこか緩んだ顔をしている。今なら確認しても大丈夫だろう。


「カインお兄様は本当に夜会に参加しないのですね。どうしてですか?」

「あー、夜にあるからな。次の日は普通に学園での授業があるし、それに今は剣術大会に向けて、強化訓練期間中なんだよ」

「なるほど。それじゃ、今日飲んだ初級体力回復薬はかなり良かったということですね」


 カインお兄様が深くうなずいた。もしかすると、他の仲間にも差し入れしたいと思っているのかも知れないな。ここは釘を刺しておかないと。


「一応言っておきますが、そんなには作れないですからね。王家の方々に進呈するように言われていますから」

「わ、分かってるよ」


 何でバレたんだ、みたいな様子で顔を背けた。このチート薬があれば剣術の練習がはかどるのは間違いないだろう。それはさすがに公平性を欠くことになる。それならカインお兄様とミーカお義姉様に渡すのもまずいのでは? でも今さらあげないとは言えないな。


「カインお兄様、初級体力回復薬は一日一本にして下さいね。騎士団でもそう決まっています。王家の方にもそうしてもらうつもりです」

「そうなのか? それなら仕方がないか」


 これはしっかりと但し書きを付けておくべきだな。一日に何本も飲まれるとさすがに困る。中毒性はないはずなんだけど、あの爽快感が癖になるようだ。騎士団でも人気が非常に高い。


「カインは明日はどうするつもりだい?」


 そう言えば、明日は学園が休みだったな。だからこそ、今日はタウンハウスに二人そろって泊まることになっているのだ。もしかしてデートにでも行くつもりなのかな? ヒューヒュー。


「それなんですが、明日はユリウスと手合わせを……」

「申し訳ありません、お兄様。明日は王城に行って、頼まれた魔法薬を作らないといけませんので難しいかと思います」

「そんなぁ」


 ガックリと肩を落とすカインお兄様。残念だが、俺はお兄様と手合わせをするつもりはないぞ。後々変なしこりが残りそうなことをするわけがなかろう。

 アレックスお兄様もそう思っているのか、特に何も言ってくることはなかった。もしそんなことになりそうになったら、「マナー講習があるから無理だ」と言ってくれることだろう。




 お茶会が終わってから数日後、いよいよ夜会が開催される日がやって来た。場所は王城内の離れにあるダンス会場だ。王城の設備を借りることができる時点で、公爵がかなりの力を持っていることがうかがえる。ダニエラ様が参加できるのも、王城の敷地内だからなのかも知れない。


「みんな、準備は良いみたいだね」


 タウンハウスの前に俺たち四人は並んだ。お茶会のときと同じように豪華な衣装に身を包んでいるが、最近はそれを毎日着て過ごしていたため、みんな慣れたものである。


「大丈夫です。今さら気後れすることもないでしょう」

「ユリウス様、それはちょっと言い過ぎです。私は内心、震えていますよ」

「確かに最初に比べると慣れては来ましたが、まだまだ不安です」


 アクセルとイジドルが焦ったように言い募る。その姿はまだ余裕があるように感じる。短期間のマナー講習合宿は無駄ではなかったのだ。二度目は断られそうな気がするが。

 玄関の前にハイネ辺境伯家の家紋が描かれた馬車が止まる。いつも登城するときに乗っている馬車である。

 いつもの御者に声をかけてから馬車に乗り込むと、心得たとばかりに出発した。


「王城に行くのは私よりもユリウスの方が手慣れているね」

「アハハ……それはもう、魔法薬を作る仕事で毎日のように王城に行っていますからね」

「ユリウスも立派な労働者だね」


 そう言ってお兄様は笑っているが、何だかそのまま王城に居着くことになりそうで怖い。初級体力回復薬の作り方も王宮魔法薬師たちに教えているので、そのうち俺はお役御免になるはずだ。


 問題があるとすれば、やっぱりと言うか、王宮魔法薬師たちが初級体力回復薬を気に入ったことである。どうしてもっと早く作り方を教えてくれなかったのかと詰め寄られた。

 その普段はあまり見せることがなかった勢いに、思わず後ずさってから謝ってしまった。別に俺、悪くないよね?


 彼らいわく、「その魔法薬があれば、連日徹夜で万能薬が作れたのに」だそうである。これは教えてはいけない魔法薬を教えてしまったな。今さらどうしようもないので、但し書きを確実に守ってもらうようにしよう。厳守してくれるといいなぁ。

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