第230話 魔法薬の黒歴史

 魔法薬の話は大いに盛り上がった。「どうしてそんな発想が生まれるんだ」と言われたが、全てお婆様のせいにさせてもらった。もう一度言う。ごめんね、お婆様。あと、お婆様のお師匠様。最終的にはお婆様に魔法薬の作り方を教えた師匠のせいになるからね。


「少し昔に、優れた魔法薬を作る人物がいたという話は聞いたことがある。だがその手法は世の中には出回らず、謎のままだった。まさかその人物がマーガレット殿の師であったとは」


 国王陛下が信じられないと言うかのように頭を左右に振っている。それを聞いている周りの人たちも深いため息をついていた。

 あ、胃が痛くなってきたぞ。実際は俺がゲームの中で身につけた手法だ。みんなをだましているのがツライ。


「しかしなぜ、マーガレット殿はこの手法を広げなかったのか。広まっていればその名を大きく上げていただろうに。実に残念だ」

「そのことですが、お婆様は何かを恐れているようでした。家を潰すわけにはいかないと言っていましたね」

「家を? そうか……」


 何やら納得がいったようである。国王陛下がしきりにうなずいている。王妃殿下も合点がいったのか静かに口を閉じていた。残りの人たちは首をかしげている。アレックスお兄様も、ダニエラ様も知らないようだ。これはかなりの極秘事項のようだな。


「私の祖父、先々代の王の時代に、魔法薬に革命を起こそうとしたことがあった」


 国王陛下がポツリポツリと話し始めた。これまで一度もだれからも聞いたことがなかったところをみると、きっと国の歴史の中でも黒歴史になっているのだろう。それでも国王陛下は俺たちに話すことを決めたようである。


 それによると、今のゲロマズ魔法薬を何とか改良し、もっとみんなが使いやすい魔法薬を作ろうじゃないかという話が、先代国王の時代に持ち上がったらしい。当然それは品質の向上と共に新しい魔法薬の開発もかねていた。


 スペンサー王国中の魔法薬師がその号令に従って、数々の魔法薬を作り出したそうだ。まさに魔法薬バブルと言って良かったのではなかろうか。その時代の魔法薬の素材は高値で売れ、冒険者たちも活発に国中を動き回り、市場はにぎわいを見せていたようだ。


 そして、いくつかの優秀な魔法薬が発見され、作り方も見直され、今よりも少しだけマシな味になった時期があったらしい。しかしすぐに問題が起こり始めた。使った素材が悪かったのか、作り方が悪かったのか、時間差で人々に悪影響を及ぼし始めたのだ。

 例えるならばそれは、「遅効性の毒」であった。


 どの魔法薬が悪いのかも分からない。どの素材が、どの手法が悪いのかも分からない。毒を飲まされていたと気がついた人々は猛反発を起こした。それもそのはず。自分たちはモルモットにされていたのだから。


 当時の国王は内乱を起こさせないために、魔法薬師を処分せざるを得なかった。

 多くの魔法薬を作り上げることができた魔法薬師は、当然のことながら貴族の魔法薬師である。そして反発はその貴族に向かう。


 先々代の国王はその貴族を潰し、新しい貴族にすげかえることにした。当然のことながら、貴族からの反発はあった。だがしかし、貴族で魔法薬師をやっている人物はそれほど多くない。天秤に掛けた結果、貴族を潰すことにしたのだろう。


 当然のことながら、潰した貴族にはそれなりの配慮があったはずだ。だがしかし、汚名はそのままである。不満がくすぶっていたことは間違いないだろう。そして悲劇は続いた。

 先々代の国王が暗殺されたのだ。死因は毒殺だった。使われた毒が特殊なものだったため、すぐにそれを作った魔法薬師が特定され、処刑された。


 この事件は魔法薬師たちに大きな衝撃を与えた。人々のためにと思っていた魔法薬の改革が悲劇を生み出す形になってしまったのだ。

 当然のことながら、人々の魔法薬を見る目は厳しくなっていった。そして今ではだれ一人として、魔法薬を新たに開発しようとは思わなくなったのだ。

 お婆様が「家を潰したくない」と言っていたのはそのためのようである。


「そ、それではユリウス様が作っている新しい魔法薬ももしかしたら?」


 震える声でイジドルが聞いてきた。


「そうだね、その可能性はあるかもね」


 本当はその可能性は全くないのだが、今の俺にはそれを証明することはできない。

 この世界には魔法薬を鑑定することができる人もいるのだが、どうも精度が低いようだ。どんな効果の魔法薬であるのかが大まかにしか分からない。だからこそ、遅効性の毒性があることを発見することができなかったのだ。


 魔法薬を広めるために必要なのは、精度の高い「鑑定の魔道具」か。これがなければ、魔法薬を国中に、世界中に広げることは難しそうだ。その魔道具をだれが作るのかだが――どうやら俺が作るのが一番早そうだ。できればだれかに作ってもらいたいのだけど。やれやれだな。


「その心配は無用だ。ユリウスが作る魔法薬はどれも素晴らしい。効果も品質も高く、味も良い。この国に広めるのに値する魔法薬だ」


 国王陛下がにこやかに笑っている。どうやら俺の作った魔法薬に対する、正確な情報を知っているようである。でもどうやって。


「あの騒動のあと、より正確な鑑定ができる者を集めたのだ。初めからそうしておれば良かったのだが、まさか鑑定士の間で、鑑定できる精度が違うとは思わなかった」


 首を振る国王陛下。その発言にお兄様たちは驚いていた。どうやら知らなかったようである。この事実が国内に広がれば、優秀な鑑定士を手に入れようとする動きが広がることだろう。まさか鑑定士の能力に優劣があるだなんて。


「それでは国王陛下、これから新しく生み出される魔法薬は安全であることが保証されるということなのですね?」

「そう言うことだ、アレックス。だからこそ、ユリウスには期待しているぞ。すでにユリウスが提供してくれた魔法薬は全て鑑定済みだ。どれも問題ないどころか、驚くばかりの性能だ。子供用の魔法薬が甘くしてあるのにはさすがに驚いたがな」


 そう言ってとてもうれしそうに笑った。と言うことは、それを知っていて、あのゲロマズ万能薬を飲んだのか。背に腹はかえられないとは言え、勇気あるな。

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