第229話 お茶会は華やかに

 タウンハウスが騒然となった。それもそのはず。王家の偉い人たちがそろってやって来たのだから。「良いの? こんなことして」と思ってアレックスお兄様の方を見ると、その顔が引きつっていた。どうやらお兄様も予想外のようである。

 これはあれだな、サプライズするつもりがサプライズされたパターンだ。お兄様も、さぞかし胃が痛かろう。


「本日は我がハイネ辺境伯家のお茶会へようこそ。御足労をおかけいたしまして恐縮です」


 アレックスお兄様の礼に合わせて、俺たちも礼をする。こんなときはしゃべってはいけない。この中で一番上の権力者であるアレックスお兄様が対応するのが習わしである。


「皆、頭を上げよ。それでは話ができん。今日は王族ではなく、同じ貴族としてここへ来たのだ。今の我々はクリスタル伯爵一家である」


 キリッとした表情で国王陛下が言った。そんなこと言われてもなぁ。厳密に言うと、王妃殿下、皇太子殿下、ダニエラ王女はそうだろうけど、国王陛下は違うよね?

 そんなどうでも良いことを考えながら、何とか緊張をほぐそうと頑張った。


「ほら、私の言った通り、無理があったでしょう? アレックス様も困惑しているわ。そうだ、ユリウス様は初めて会うわよね? テオドールよ」


 そう言いながら、王妃殿下がアレックスお兄様と同じ年齢くらいの美丈夫を押し出した。


「テオドール・クリスタル・スペンサーです」


 なぜか深々と頭を下げられた。その所作はとても美しかった。この人が次期国王……慌てて自分も頭を下げて挨拶をする。


「ユリウス・ハイネです。本日はようこそおいで下さいました」

「ウワサは耳にしているよ。楽にして、と言うわけにはいかないのか。今日は夜会へ向けた練習だったね」


 イケメンスマイルだ。これはすごい。どんな女性もイチコロだと思う。俺はただただ曖昧な笑顔を返すしかなかった。


「ごめんなさいね、ユリウス様。本当は私とお母様だけで参加するつもりだったのですが、どこからか話が漏れてしまって、人数が増えてしまいましたわ」

「良いではありませんか。人数が多い方が練習になりますよ」


 ホホホと王妃殿下が笑うが、きっと国王陛下と皇太子殿下を呼んだのは王妃殿下だな。二人も同じように笑っている。他の人は苦笑いが顔に出ないように必死に笑顔をたたえていた。

 こうしてだれもが胃が痛くなりそうなお茶会が始まったのであった。


 全員が無難な挨拶を交わし終えたところで、ようやくお茶に手を伸ばすことができた。今日のお茶会は夜会を見据えた立食式である。それぞれが好きな場所に移動しながらお菓子をつまむのだ。


「ユリウス、頼んでおいたものはどうなったかね?」

「お待たせしてしまって申し訳ありません。つい先ほど氷室の図面が完成したところです。氷室の大きさを自由に調整できるように、設置する魔法陣の対応表も付けてあります」

「おお、それは実にありがたい。これで食料の保管も楽になるぞ。すぐに国中に作るように手配しよう」

「ありがとうございます」


 ……あれ? 何か俺が氷室を国中に広げているようになっていないか? そんなことないよね? 思わず王妃殿下を見ると目が合った。


「心配はいらないわよ。ユリウス様の名前は出しませんからね」

「ハハハ、ウワサ通りだね。本当に欲がない。魔道具師ならば、こんな名誉なことはないのにね」


 楽しそうにテオドール殿下が笑っている。ずいぶんと明るくて朗らかな人物のようである。そこにいるだけで、周りも何だが明るくなっているような気がする。


「ユリウス、また何か作ったのかい?」

「ユリウス様は魔法薬師だけではなかったのですね」


 カインお兄様とミーカお義姉様が寄って来た。どうやら知らなかったようなので、氷室の話をしてあげた。二人は大いに驚いており、アクセルとイジドルが話した「シャワーの魔道具」に食いついた。


「そんな便利な魔道具があるのか。ぜひとも私の部屋に欲しいな」

「私の部屋にも欲しいですわ。その大きさなら寮の部屋を少し改造すれば設置できますよね?」

「さすがに学園の寮を改造するのはまずいのでは?」


 思わず苦笑いで返してしまったが、持ち運びできるシャワーの魔道具があれば便利かも知れないな。小さなシャワールーム。ありかも知れない。俺が考え込んでいると、二人から「洗濯と掃除を楽にする魔道具はまだか」とせっつかれた。


「あら、ユリウス様はまた新しい魔道具を作るおつもりですか? もう魔道具師を名乗った方が良いのではありませんか?」

「そ、そうですかね? ダニエラ様もそう思います?」


 くそっ、はめられた。このままだと魔道具師にされてしまう! そんな俺にアレックスお兄様が救いの手を差し伸べてくれた。


「ダニエラ様、ユリウスは魔法薬の発展に貢献したいと思っているのですよ。魔道具師は妹のロザリアに譲ると常々言っていますからね」

「残念ですわ。でもロザリア様がユリウス様の意志を受け継いでくれるのであるならば、それはそれで良いことですね」


 ニッコリとダニエラ様がほほ笑んだ。どうやらロザリアが魔道具師になるのは確定したと言って良さそうだな。きっと今も領地で新しい魔道具を作っているはずだ。

 そうだ、俺が思いついた洗濯機と掃除機をロザリアに丸投げしよう。構想とヒントを与えておけば作ってくれるはずだ。期待してるぞ、未来の魔道具師王女。


「そう言えばユリウスは王宮魔法薬師団で色々な魔法薬の作り方を教えてくれたそうだね。その話、ぜひ聞きたいな」

「もちろん構いませんよ、テオドール殿下。魔法薬のことを良く知っていただければ、王宮魔法薬師たちもきっと喜びますからね」


 こうして華やかなお茶会は続いた。いつの間にかみんなの緊張感もほぐれ、それぞれがさらなる高見を目指して所作を磨いていた。

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