第228話 タウンハウスでのお茶会
ネロは俺の「剣聖でも大魔導師でもないからね?」発言に大いに驚いていた。
……これはあれだ。本当に何も知らなかったヤツだ。余計なことを言ってしまった。黙っていればネロに知られることはなかったのに。
「それではやはり、ユリウス様は賢者……」
「何でそうなるのっ!?」
どうしてこうなった。どうやらネロは別の方向に考えを巡らせていたようだ。もしかして孤児院でウワサになっていないよね? 怖くなった俺はネロに尋ねた。
「だ、大丈夫ですよ。ウワサにはなっていません。ですが、薄々そう感じている子もいるかと……」
「薄々も、ハッキリも、どっちもそんなことないからね!? ……ネロ、みんなの誤解を解いておくように。俺はただの魔法薬師です」
「は、はい、善処します」
善処って。頑張れネロ。全ては君の手腕にかかっているぞ。剣聖、大魔導師のウワサが消えたと思ったら今度は賢者かよ。トホホのホ。
残念な気持ちのまま、翌日のお茶会本番を迎えた。
「カインお兄様、ミーカお義姉様! 来て下さったのですね」
「こらユリウス。違うだろう? もう始まっているんだぞ」
「何を言っているんですか。開始時間まではまだ時間がありますよ」
「あのなぁ。早めに来る招待客もいるぞ? その招待客にその態度はダメだろう」
「あ……」
身内なだけに、つい気が緩んでしまった。これは夜会へ向けた練習なのだ。身内ではなく、自分たちと同じ、招待客だと思わなければ。
「失礼いたしました。カインお兄様、ミーカお義姉様、本日はタウンハウスでのお茶会へようこそ」
「ユリウスちゃん、その服、とっても良く似合ってるわよ!」
「ぐえ」
「ちょっと、ミーカ!」
感極まったのかどうかは分からないが、ミーカお義姉様が「だいしゅきホールド」をしてきた。思わぬ展開に思わず潰れたカエルのような声を出してしまった。
その様子を見たカインお兄様が慌てて俺たちを引きはがしてくれた。
「た、助かりました」
「すまないユリウス。ミーカ、それではマナーがなっていないよ」
「ご、ごめんなさい。えっと、もっと優しく?」
「違うから」
カインお兄様が頭を抱えた。思ったよりも苦労しているようである。どうやらミーカお義姉様もマナー講習が必要なようだな。二人がここに呼ばれたのは、もしかしたらそのためなのかも知れない。
チラリとアレックスお兄様の方を見ると苦笑いしていた。その顔は「問題児がまた増えた」とでも言いたそうである。ひどい。
「ユリウス様、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
カインお兄様が優雅な紳士の礼をとった。慌ててミーカお義姉様がその隣で淑女の礼をする。さすがはカインお兄様。ちゃんと形になっている。終始、アレックスお兄様の方をチラチラと確認していたが。
どうやらアレックスお兄様からの合格点はもらっていないようである。心強い仲間がここにもいたぞ。
「二人とも良く来てくれたね。急な呼び出しで済まない。でも、二人にも練習の機会が必要だと思ってね。いつまでも学園にこもっているわけにはいかないからね?」
「分かっていますよ。今日のお茶会で少しは成長しているところをお見せしましょう」
「期待しているよ、二人とも」
そう言ってお兄様は去って行った。今日のお茶会の主催者はアレックスお兄様になっている。そのため、弟である俺たちは常にアレックスお兄様を敬う必要があるのだ。
「ふう。やっぱり来るんじゃなかったな」
「ちょっとカインお兄様……」
「あらあら、ユリウス様に良いところを見せるのではなかったのですか?」
クスクスとミーカお義姉様が扇子で口元を隠しながら笑っている。どうやらご令嬢モードに切り替えたようである。なぜ最初からそれをしないのか。すでにボロが出たあとだぞ。色々と残念だが、かわいらしい義姉だと素直に思えた。
「ところでユリウス、他にだれが来るのか聞いているかい?」
「それが、だれも教えてくれないのですよ。恐らくダニエラ様は来ると思うのですが、それ以外は分かりません」
「ダニエラ様が……え?」
サッとミーカお義姉様の顔から血の気が引いた。どうやらこの国のお姫様が来ることは予想外だったようである。カインお兄様はミーカお義姉様にその可能性を話さなかったのかな?
「やっぱりそうだよね? あとは他にだれが来るかだな」
「ちょっとカイン、あなたダニエラ様が来ることを知っていたわね!?」
「ちょ、ちょっとミーカ、落ち着いて」
ズンズンとカインお兄様との距離を詰めるミーカお義姉様。その大きな胸が完全にカインお兄様の体に当たっている。あ、カインお兄様が口元が緩むのを必死に抑えようとしているぞ。プルプルしてる。
「どうしてそんな大事なことを言わないの?」
「言ったらミーカは行かないって言うだろう?」
「それは……」
おおう、何だか気まずい雰囲気になってきたぞ。こんなときは逃げだそう。あとはカインお兄様が何とかしてくれるはずだ。ミーカお義姉様もハイネ辺境伯家に嫁ぐのだから、ある程度の覚悟は必要なのだ。今から少しずつ、サプライズに慣れておいた方がいい。
頑張れ、ミーカお義姉様。そう思いながらアクセルとイジドルに合流する。すでに紳士モードになっている二人はガチガチだ。支度を調えたネロも合流した。
「そんなに力が入っていると、最後まで持たないぞ」
「そうは言われましてもね、ダニエラ様が来るとなれば、こうもなりますよ」
「そうですよ。できればもう少しお手柔らかにして欲しかったですね」
二人が不満を漏らしている。だが、なかなか様になっているぞ。俺が二人の服を整えていると、にわかに玄関が騒がしくなった。どうやらダニエラ様が到着したようだ。急いでお出迎えしなければ。
「ほら、行くよ、二人とも」
二人を引き連れて玄関へ向かう。もちろんネロは俺のそばに付き従っている。どう見ても完璧な執事である。この短期間にこのレベルに到達するとは。ネロ、恐ろしい子。予想以上だ。
玄関の前に豪華な馬車が到着した。良く見ると豪華なだけじゃない。外装がかなり丈夫に作られているようだ。窓も小さく、パッと見、派手な護送車である。ついでに言うと、王家の旗も家紋も付いてない。まさか……。
場所の扉の前に踏み台が置かれる。そして外側からのノックに応えて、扉が静かに開いた。馬車の中から出て来たのはダニエラ様と……王妃殿下だった。
オーマイガッ! 実に胃が痛くなりそうなサプライズである。この場合、国王陛下がいないだけマシだと思うべきか。
と思っていたら、その後ろから国王陛下と皇太子殿下も降りてきた。
アレックスお兄様、胃が、胃が痛いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。