第224話 男子会
タウンハウス内をネロに軽く案内しながら部屋に向かう。詳しい案内はまた後日だ。今は魔法薬を迅速に取りに行かねば。
「ここが俺の部屋だよ」
部屋の中にネロを招き入れる。どこか恐る恐る、ネロが入って来た。そんな様子も気にせずに机の引き出しから予備の机の鍵を取り出す。
「はいこれ。机の鍵だよ。必要なときに使って欲しい」
「お借りします」
「うん。ここに魔法薬が入っているからさ」
そう言って一番大きな引き出しを引っ張り出した。そこには王宮の調合室で作った魔法薬が入っている。分かりやすいように、あとで札をつけておこう。俺はそこから初級体力回復薬を取り出した。
本来ならイジドルには初級魔力回復薬を飲ませた方が良いんだろうけど、これから寝るまでは魔法を使う場面はないだろうし、こっちの方が良いと思う。アクセルもケガをしているわけではないから、回復薬はいらない。
ほんのりと赤い色がついているこの初級体力回復薬は、もちろん薄めて、シュワシュワにしたものである。原液をそのまま使うのが危険であることはすでに分かっている。テンションの上がり方がマジ半端ない。
談話室に戻ると、テーブルの上でグッタリとしている二人に初級体力回復薬を渡した。二人の目が点になる。見たこともない魔法薬だったのだろう。
「何これ?」
「初級体力回復薬だよ。飲むと体力が少しだけ回復する魔法薬さ。今の二人にはこれが必要だと思ってね」
「あまり聞いたことがない魔法薬だな。色はキレイだけどさ」
ビンの中身を様々な角度から観察するアクセル。警戒しているようだ。こんなことなら人数分持って来て、みんなで飲めば良かったな。あれ? アレックスお兄様はこの魔法薬を飲んだことあったっけ?
恐る恐る二人がビンのコルクを開けた。ポン、という爽快な音がする。その音に、自然とみんなの視線が二人に集まった。居心地が悪く感じたのか、二人はすぐに飲んだ。その目が段々と大きくなる。
「何これぇ!」
「何だこれ、口の中で泡がはじけてる!? しかもうまい!」
驚きの声を上げる二人。どうやらお気に召したようである。ハイネ辺境伯家の騎士団でも人気の魔法薬だからね。中毒者が出ないように、今では一日一本までと規則で決めていた。
「ユリウス、私の分はないのかな?」
「え? す、すいません、うっかり忘れていました。ネロ、お兄様の分も持って来てあげて。それからネロの分もね」
もしかして、お兄様は初級体力回復薬を飲んだことがないのかな? お兄様にも初級体力回復薬の情報は伝わっていると思っていたんだけど。試す機会がなかったのかも知れない。
「ユリウス様の分はどうしますか?」
「俺は良いよ。疲れてないからね」
「あれだけアクセルと戦って疲れてないとか、ユリウスの体どうなって……あれ? 何か、力が体の中からあふれてくる!?」
「な、何だこれ!? フオオ……!」
ヤバイ、グッタリと潰れていた二人が元気ハツラツになっている! まだ子供だから、半分の量にしておけば良かった!? そのあまりの変わりようにアレックスお兄様が驚いた。
「すごいね、この魔法薬。本当に体力を回復させることができるだなんて。でもこれで、マナー講習の続きができるね」
「え?」
「え?」
二人の声がハモった。そろってこっちを見たが、たくみに目をネロの方にそらせた。俺の視線に気がついたネロが「心得た」とばかりに一つうなずくと動き始めた。魔法薬を取りに行ったのだろう。その間に、俺の意図を察したお兄様が二人を追い詰めた。
「二人が泊まる準備はできているよ。これなら夜会まで、しっかりと鍛え上げることができるね。あ、心配はいらないよ。二人のご両親には私から連絡を入れておくからね」
目を大きくし、口をあんぐりと開けた二人が再びこちらを見た。その顔には「謀ったな、ユリウス!」と間違いなく書いてあった。俺は「ごめんね」と言うかのように頭を下げた。
ネロが持って来た魔法薬を飲むと、お兄様もネロも驚きの声を上げていた。すぐにお兄様が追加の初級体力回復薬を頼んできた。たぶんダニエラお義姉様にあげるんだろうな。そこから国王陛下の手に渡らないと良いんだけど。
「最初からそのつもりだったんだよね?」
「俺たちははめられたってわけか」
浴室で二人が俺をにらんだ。夜会まで俺の家で過ごすことになったアクセルとイジドル。正直なところ、俺もまさか夜会まで続くとは思っていなかった。
「ごめん、ごめん。今日くらいは泊まることになるかな、とは思っていたけど、こうなることまでは予想してなかったよ。さすがはお兄様といったところだね」
「ホントかよ。アレックス様とグルなんじゃないのか?」
「本当に違うってば」
今俺はネロに体を洗ってもらっている。なんか悪い気がするけど、俺の従者になったからには、俺も腹を据えなければならない。これもネロとリーリエのため。ネロが俺のお風呂当番をしているならば、リーリエが風呂場に飛び込んで来ることもないだろう。
「まあ、今さら言ってもしょうがないかぁ。色んな魔法を試せたからヨシとしようかな」
「イジドル、明日も試せるからな」
「本当!? やったあ!」
いっちょ上がり。これでイジドルの不満は解消された。我がタウンハウスにいる限り、好きな魔法を撃ち放題だ。それはきっと夢のような時間になるだろう。せっかくなので、ちょっと指導してあげようかな? イジドルの才能なら俺が良く知っている。
「それなら俺も、ユリウスが相手をしてくれるんだろう? もちろん本気で」
「まあ、うん、そうだね。大丈夫だった? 心が折れてない?」
「折れるか! むしろ、予想以上で驚いたよ。ユリウスは剣聖だな。間違いない」
「やめてよね! 絶対に広げるなよ、アクセル。絶対だぞ」
「どうしようかな~?」
「オネガイシマス」
ジャンガリアンハムスターのように小さくなった俺を見て満足したのか、アクセルが笑った。
「しょうがないな。許してやるよ」
許された。そんな俺の様子を見て、イジドルは笑った。ネロは笑いをこらえているのか、肩を小刻みに揺らしていた。
遠慮なく笑っても良いんだからね、ネロ。俺のわがままでそこにいてもらっているのだから。
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