第225話 男子会は続く

 湯船につかるとホッと息を吐いた。

 今日はマナー講習が半日を占めたものの、氷室は無事に完成したし、ネロが正式に俺の従者になった。収穫のある一日だったと思う。まだ終わってないんだけどね。これから夜のマナー講習が始まるはずだ。


「ネロ、俺のお願いを聞いてくれてありがとう」

「そんなことはありません。恩をお返しするために、私がそうするつもりでしたから」

「それって……」

「はい。王都で従者としての能力を身につけてから、ハイネ辺境伯領へ行くつもりでした」

「そっか」


 そんなことを考えていてくれたのか。最終的には金の力で……と考えていた俺は最低だな。孤児院の寄付にもその下心がなかったとは言わない。でも、ネロを手に入れても、支援は続けるつもりである。


「それにしてもさ、ネロって女みたいだよな。胸を隠せば完全に女の子だ」

「ちょっと、そんな目で見るのはやめて下さい!」


 そう言ってネロがバッ! と胸を両腕で隠した。ネロ、それはダメだ。完全に貧乳の女の子が胸を隠しているようにしか見えない! 慌てて三名が湯船に肩までつかった。


「アクセル、さすがにそれはネロに失礼なんじゃないの? あ、ボクのことはイジドルって呼んでもらって良いからね」

「あ、俺のことはアクセルで良いぞ。俺もネロって呼ぶからさ。それからイジドル、お前も似たようなものだからな?」

「ちょっと!? どこをどんな目で見てるのさ!」


 イジドルがネロと同じように両手で胸を隠した。どう見ても貧乳の女の子が胸を隠している状態です。本当にありがとうございました。冷やかしたはずのアクセルが赤い顔をして湯船に顔を半分沈めた。そんなことになるなら言わなければ良かったのに。ハッ! まさか……。


「ユリウス、俺はそっちの好みはないからな? そこはハッキリとさせておくぞ?」

「ハハハ、も、もちろん分かっているよそんなこと。やだなー」


 半眼でこちらをにらむアクセル。ネロとイジドルがアクセルから一歩離れた。


「違うから! ゆ、ユリウスの方がそうなんじゃないのか?」

「お、俺はちゃんと女の子が好きだし! 胸の大きい子が好きだし!」


 シン、と風呂場が静まり返った。あれ? みんな胸が大きい子が好きなんじゃないのかな?


「なるほど? ダニエラ様のような女性が好みというわけだな」

「確かにあのときのユリウスはうれしそうだったもんねー」

「バッカヤロウ! お姫様の胸を堪能できるほど、図太い神経はしてないからね!?」


 ふーん、みたいな目で二人が見ている。ネロはなぜかうなずいている。……ちょっとネロ、主の好みを把握してどうするつもりなのかな? まさかリーリエに伝えたりしないよね? リーリエはリーリエで、そのまま真っ直ぐに育ってくれれば良いからね?


「みんな女の子の胸が好きだと思っていたのに違ったのか……」

「俺は尻だな」

「ボクは足かなぁ?」

「ネロは?」

「む、胸ですかね?」

「無理に俺に合わせなくて良いからね?」


 その後は思春期特有の男子の会話が続いた。お風呂を上がるころにはみんなのぼせ気味だった。ネロが持って来てくれた水を飲みながら体を冷ましていると、お兄様がやって来た。


「ずいぶんと長くお風呂に入っていたね」

「話が盛り上がってしまいました」

「そうか。ふふ、うらやましいね。私には一緒にお風呂に入る友達がいなかったからね」


 どこか遠い目をしている。確かにお兄様にはどこか近寄りがたいオーラがあるからね。嫡男としての気品というか、冷たさというか。お兄様も孤独なのかも知れないな。明日のお風呂は一緒に入らないか、誘ってみよう。


 お風呂の後は夕食の時間である。お風呂は夕食の前に入っても、後で入っても良いのだが、「庭での訓練」という名のストレス解消で汗を流していたので先に入らせてもらった。


 目の前にズラリと夕食が並ぶと、さすがにアクセルとイジドルの顔が引きつった。ネロは後から食べるのだろう。俺の後ろに控えている。


「本番の夜会では立食になるはずだから、今日の夕食でのマナー講習はほどほどにしておくよ。だから楽しんで食べてもらいたい」

「分かりました」

「ありがとうございます」


 二人の肩からちょっとだけ力が抜けたような気がした。その後は大まかな食べ方の注意をしながら、ゆったりとした空気の中で夕食は進んだ。本当はネロとも一緒に食べたかったのだが、使用人と一緒の食卓に着くのはさすがに無理である。

 俺も末席とは言え、貴族の一員。貴族のしきたりには従わなければならない。


「二人とも、なかなか良い素質を持っているよ。基本が身につけば、あとはちょっとした注意を払えば良いだけだからね」

「今回の食事はちゃんと味がします」

「おいしいです」


 アレックスお兄様が苦笑いしている。それはすなわち、昼食は味がしなかったということなのだから。でもその気持ちは分かる。俺も夕食の方が何を食べているのかがハッキリと分かる。


「あとは経験が必要だね。ユリウスを含めてだけど」

「確かにそうですけど、何か考えがあるのですか?」

「こちらの条件に合ったお茶会がないからね。だからこちらからお茶会を開こうかと思っているよ」


 確かに自分たちでお茶会を開けば、好きな条件にすることができる。でもお茶会と言ったら、準備に時間がかかるし、招待状を出すのにも時間がかかるんじゃなかったっけ?


「さすがに準備の時間が足りないのではないですか?」

「大丈夫だよ。身内を呼ぶつもりだからね」

「身内?」


 王都にいる身内と言えばまさか……。


「国王陛下とか、王妃殿下とかがいらっしゃるとかはないですよね?」

「さすがにそれはないよ。たぶん」


 たぶん。それは一番恐ろしい言葉だ。ダニエラお義姉様とミーカお義姉様が来るのならまだ大丈夫だ。だが国王陛下夫妻はダメだろう。アクセルとイジドルだけでなく、俺の胃にも穴があくことになる。

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