第222話 地獄のダンスレッスン
俺たちにダンスを教えてくれるのは、王家に仕えているダンスの先生だった。俺はてっきりダニエラお義姉様と踊れると思っていたのだが違っていたようだ。ちょっとガッカリ。
アレックスお兄様は、先生と踊る俺たちを少し離れた位置で見ながら指導するようである。
「それじゃ、まずは姿勢の確認からだね。ホールドの姿勢を取って」
お兄様の指示に従って、パートナーがいるような感じで姿勢を正す。さっそくイジドルが姿勢を矯正されていた。
うわ、これは地獄のダンスレッスンになりそうだぞ。
姿勢の確認が終わると、本格的な練習が始まった。先生をパートナーとみなして踊る。ダニエラ様が音楽を奏で、それに合わせて何度も練習を繰り返す。ダニエラ様のピアノの腕前はプロ級だった。もしかすると、その辺の音楽家の演奏よりも上手いかも知れない。
先生から動きのチェックをしてもらいつつ、お兄様が姿勢についてのアドバイスをする。その繰り返しが、いつも俺たちが楽しみにしているお茶会の時間まで続いた。
さすがにイジドルだけでは弾よけにならなかった。夜会でたくさん踊ることになるのは俺である。当然のことながら、俺へのチェックが一番厳しかった。
「足がもう、生まれたての子鹿みたいだよ」
慣れない動きでプルプルになった太ももをマッサージする。二人も同じように、足やら腕をさすっている。明日は筋肉痛になるのかも知れないな。
「もっと体を鍛えておけば良かったぁ」
「これなら剣術の型の方が十倍、いや、二十倍楽だな」
グッタリと俺たちが伸びているのは、いつもこの時間に使っている談話室のテーブルである。ダンスの練習が終わると俺たちはすぐに追い出された。ダニエラ様は次の仕事があるようだ。きっと時間のギリギリまで付き合ってくれたのだろう。感謝しかないな。
さすがに毎日、ダニエラ様と一緒にマナー講習をするわけにもいかないようで、明日からはハイネ辺境伯家のタウンハウスで行われることになった。もちろん、「時間が合えばダニエラ様と一緒に王城で練習するよ」と言われたけどね。
正直なところ、さすがに王城でマナー講習するのは勘弁していただきたい。緊張からよけいに力が入ってしまって、何をやっているのか良く分からなくなる。それはアクセルとイジドルも同じようで、最終的には死んだ魚のような目をしていた。
「きっと明日からは少しは楽になるよ」
「そうだと良いんだけど……」
「まさか泊まりでマナー講習とかにならないよな?」
「ハッ! それは良い考え……」
「良くねぇから!」
二人に否定された。友達とお泊まり会とか、良くない? と思ったのは、どうやら俺だけだったようである。
これから二人は家に帰るのかな? 俺もタウンハウスに帰ったら氷室の設計図を描かなければいけないんだった。それが終わったらマナー講習の続きかな。ちょっと憂鬱だ。
「あー、このまま家に帰っておとなしくするのは嫌だな。なんかモヤモヤする」
「アクセルはあれだけ踊ったのに、まだ力が有り余っているの? それならボクの分まで踊ってくれたら良かったのに」
「イジドルだって、魔力が有り余っているんじゃないのか?」
「それはそうだけど……」
どうやら二人とも鬱憤が溜まっているようである。このまま家に帰らせるのはまずいのではなかろうか。爆発しないように安全に処理した方が良いだろう。でもどうやって? 訓練場を使うわけにもいかないしなぁ。
「訓練場が使えたら良かったのにね……そうだ、俺のタウンハウスに来ないか? タウンハウスの庭なら、剣術の練習も魔法の練習もできるようになってるよ」
「またそんなこと言って。俺たちを泊まらせる気なんだろう?」
「そ、そうだよね。でも、庭に魔法を使える場所があるなんて、良いなぁ」
これはもう一押しすればいけそうな気がする。俺だって一人でマナー講習を受けるのは嫌である。
「どのみち明日、来ることになるんだし、下調べのつもりでおいでよ」
「うーん、確かに」
「確かにそうなのかな?」
「よし、それじゃ決まりだ」
ちょっと強引に決めると、すぐに使用人に馬車の準備をさせた。それと同時にお兄様にも言付けを頼んでおく。お兄様はダニエラ様とどこかに行ってしまっていた。まさか子作りとかしていないよね? 信じてるよ、お兄様。
タウンハウスに戻ると、すぐに家令が迎えてくれた。
「ユリウス坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ただいま」
「ぼっちゃ……」
アクセルが笑い出しそうになったので、肘鉄を食らわせて黙らせた。俺だって坊ちゃん呼びは嫌である。だが何度言ってもやめないのだ。今はもうあきらめている。
「中庭はこっちだよ。準備はできてる?」
「もちろんでございます。木剣も、真剣も用意してあります。魔法練習用の魔法的も、予備も含めて準備してあります」
「ありがとう。さすがだね」
「恐れ入ります」
アクセルとイジドルを連れて中庭へ向かった。
「ねえ、ユリウス、何で魔法的の予備があるの?」
「ああ、前に練習してて、魔法的を壊したことがあってね。それ以来、気を利かせてくれているんだよ。同じ失敗は二度としないって言っているんだけど、聞き入れてくれないんだ」
「魔法的を壊すって……」
イジドルが絶句している。そんなにまずいか? ちょっと強力な魔法を使ったら壊れてしまったのだ。練習用の魔法的には初級魔法しか使ってはいけない。ただそれだけのことだろう。
「すごいのか、イジドル?」
「すごいに決まってるじゃない! 魔法的が壊れたなんて話、聞いたことがないよ。今の魔導師団長だって壊せるかどうか分からないよ」
「……少なくともそれをユリウスは壊したってことだよな?」
「そうなるね」
まずい。一人が恐れるような、もう一人が輝くような目で俺を見ている。それに何よりもこのことがアレックスお兄様に発覚してはいけない。何とかせねば。
「きっと的が壊れかけていだんだよ。そこに俺がちょっと強い魔法を使ったから、壊れちゃったんだよ。たまたまだよ、たまたま」
「ユリウス坊ちゃま、そのようなことはございません。我が主の一家に何かあっては一大事。毎回、訓練が終わりましたら、しっかりと確認と点検をしております。ユリウス坊ちゃまがお壊しになった魔法的は、どこも問題がありませんでしたぞ」
いや、そんなに力説せんでも……あー、ほら、二人がますます変な目で俺を見てるじゃない? 俺が欲しかったのはそんな言葉じゃなかったんだよねー。
「このことは、アレックスお兄様には内緒にしておいてね?」
家令を見上げながらそう言った。だがしかし、家令は申し訳なさそうな顔をしている。まさか。
「……すでにアレックス様にはお話しております」
なんてこった。道理でお兄様が俺を問題児として見てるはずだ。
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