第220話 氷室、稼働します!

 今日から始まるであろう地獄のマナー講習の前に、何とか氷室を完成させなければならない。そうでなければ、完成がいつになるのか分からない。すでに氷室の「冷蔵庫」としての機能は失われているのだ。


 つまり、早いところ完成させなければ、中に入っている素材がどんどん悪くなる。まあ、元々、大した品質ではないのだが、それはそれ、これはこれである。さいわいなことに、あとは魔導線とスイッチと組み合わせ、床を何とかするだけである。


 加工した石材を床に敷き詰めながら仕上げの作業をしていく。すでに四方の壁と天井は完成している。その作業で鍛え上げられた技術により、あっという間に石材が床に敷き詰められた。


 我が国のお姫様である、ダニエラ様がねぎらいに来てくれたこともあり、みんな張り切っているようである。

 作業を終えた人たちが次々と現場を離れて行く中で最終確認を行う。うん、問題はなさそうだ。


「もう完成したのですか? もっと時間がかかるものだと思っていましたわ」


 ダニエラ様が目を白黒とさせていた。これでもすでに二日くらいは作業をしているのだ。それほど早いとは言えないだろう。だがしかし、ラストスパートは早かった。それは認める。


「ダニエラ様がねぎらいに来て下さったからですよ。そうでなければ、今日の午前中一杯は時間がかかったことでしょう」

「それでも十分に早いと思いますわ。以前、中庭にある温室の魔道具が壊れたときには、修理が終わるまでに三ヶ月ほどかかっていましたわ」

「それはその……魔道具の構造が違いますからね。きっと温室で使われている魔道具は、複雑で簡単には修理できなかったのですよ。私たちが特別なのではありません」


 などと言ってごまかしておく。自分で言っておきながら、「魔道具の修理に三ヶ月もかかるのか」という疑問はあるが、まあ、かかることにしておこう。

 ここは俺たちが特別ではないアピールをしておかなければならない場面だ。空気を読むんだ。


「ユリウス先生がおっしゃる通りです。私たちが特別なのではありません。ユリウス先生が特別なのです」

「そうですとも。ダニエラ様、この石の壁を見て下さい。この見事に同じ形に加工された石はすべてユリウス先生が加工したものなのですよ。これほどの加工技術を持った職人は、そうはおりませぬ」

「それにこの石の後ろには、氷室の冷却効果を高めるために、加工が難しくてだれも扱わなかった木材が使われているのです。ユリウス先生はそれを苦もなく、加工いたしましてなぁ」


 ちょ、待てよ。お前ら、空気、空気を読め! あ、ダニエラ様の目が爛々と輝いている。アレックスお兄様の顔は「また、やらかしたのかい?」と書いてある。細く三日月のようになっている目が怖い!

 助けを求めるべく、慌ててアクセルとイジドルの方を見た。


「何でボクの方を見るの? 全部事実だよね?」

「そうだよな。それに氷室用に新しい魔法陣も作り出したんじゃなかったっけ?」

「違うから! 今まであった魔法陣を組み合わせただけだから。これは本当だから。信じて!」


 みんなが温かい視線を俺にそそいでいる。あ、これはだれも信じていないやつですね、分かります。どうしてこうなった……。

 みんなが見つめる中、氷室を稼働するときが来た。せっかくなので、ダニエラ様にスイッチを入れてもらうことにする。


 ダニエラ様が厳かにスイッチを入れると、すぐに冷たい冷気が氷室内に行き渡り始めた。それは白い霧になって、室内を満たしていく。

 数分とかからずに、氷室の内部は水が凍るほどの温度になった。確認用に置いていた水もカチカチに凍っている。


「ユリウス先生、これを。予定通りの性能を発揮していると言って良いかと思います」


 試験用に置いてある水を取りに行った王宮魔法薬師が無事に戻って来た。うん、しっかり機能しているみたいだな。それに死ぬほど寒くはなっていないようである。氷もしっかりとできている。


「毛皮のコートを着ていれば、中に入っても問題なさそうですか?」

「ええ、問題ありません。これなら素材を取りに行くのも安全でしょう」

「それでも、出入りするときには必ず警備の人に一言いうようにして下さいね」

「はい、ユリウス先生」


 あー、何だろう、そんな目で見られると困るんですけど、ダニエラ様。この構図を見たら、俺が王宮魔法薬師団を支配しているように思うよね? でもそれ完全に間違ってますよ。俺は王宮魔法薬師団長ではない。ただのアドバイザーだ。


「ユリウスちゃん、この氷室があれば、品質の高い魔法薬が作れるのよね?」

「はぃい? た、たぶんそうなると思います。そうなると、良いなぁ」


 思わず声が裏返った。まさかこんなところでそう呼ばれるとは思わなかった。動揺した俺は思わずお兄様の方を見た。お兄様も動揺しているのか、目がまん丸だ。どうやらダニエラ様の何かしらのメーターが振り切ってしまったようである。


「さすがだわ。さすが私の義弟だわ!」


 そう言うと、人前であるにもかかわらず俺をムギュッと抱きしめた。まずい、ダニエラ様のテンションがアゲアゲになっていらっしゃる! 早く何とかしないと。早く助けてくれ、お兄様ー!


 俺は早くも命の危機に直面していた。息が、息ができねぇ……。ダニエラ様を軽くたたいているのだが、全く気がつかない。もっと強くたたくべきか? いやでも、そんなことさすがにできないぞ。


「だ、ダニエラ様、ユリウスが死にそうになってますよ!」

「あらまあ、ごめんなさい!」


 イジドルが大きな声を上げてくれた。助かったぞイジドル。まさしく俺の救世主。ようやく我に返ったダニエラ様が俺を離してくれた。そして顔を真っ赤にしていた。どうやら何かに取り憑かれていたようだ。大丈夫かしら。

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