第219話 三人寄れば

 なれ初めの話は終始、ダニエラ様のペースで進んだ。ダニエラ様の部屋を辞去したときには、アレックスお兄様はグッタリとしていた。いいじゃない、お兄様。俺はお兄様の秘密の話が聞けて、お兄様とお義姉様のことがもっと好きになったよ。


「ユリウス、さっきの話は……」

「大丈夫ですよ。私の胸の中だけにとどめておきますから」

「そうしてくれるとありがたい」


 こんなに覇気のない、弱々しいお兄様は初めてだ。これは将来、ダニエラ様の尻に敷かれることになるな。お父様と同じである。……もしかしてこれもハイネ辺境伯家のお家芸!?

 タウンハウスに戻ると、アレックスお兄様が真剣な目をして言ってきた。


「たまにはファビエンヌ嬢に手紙を書くんだよ。私も領都にいるときは、良くダニエラ様に手紙を出したからね」

「そうします。ありがとうございます」


 どうやらお兄様は俺とファビエンヌ嬢との関係を気にしているようである。今度の夜会で、積極的に俺を貴族のご令嬢に紹介しないのはそのためなのかも知れない。後押ししてくれているのかな? あまりにも力を持った貴族のご令嬢と結婚することになったら、ハイネ辺境伯家が大変なことになりそうだしね。


 そうなると、ファビエンヌ嬢は適任なのかも知れない。同じ領内に住む男爵令嬢だもんね。後ろ盾の力も弱い。俺の力を抑えるのにはちょうど良いはずだ。そんなことを考えながら、部屋で手紙を書いた。

 ファビエンヌ嬢は俺のことをどう思っているのかな? 少しは好意を寄せてくれているとは思うけど、ちょっと心配になってきたぞ。




「どうしたの、ユリウス? 寝不足?」


 氷室の改良で使う材料を加工している最中に、ちょっと手が止まってしまった。それを見たのだろう。イジドルが心配そうに聞いてきた。正解である。


「ちょっと考え事をしていたら、眠れなくなっちゃってさ」

「ユリウスが眠れなくなる……一体何を考えていたんだ? まさか、新しい剣術の技!?」

「違うからね」


 どうしてアクセルは俺を剣術の達人にしたがるのか。何度もそっちの道に進むつもりはないと言っているのに、信じていない様子だ。やれやれだぜ。


「アクセルとイジドルに、今度の夜会に一緒に参加してもらおうと思ってさ」

「えー!」

「やだよ~」


 簡単に拒絶されてしまった。だが私はあきらめない。あきらめたらそこで終わりだ。俺は二人の方を向いて、ニッコリと笑顔を作った。


「俺たち、友達だよな?」

「まあ、そうだけど」

「そうだよね」


 苦笑いする二人。ちょっと卑怯な手だが、今後も二人とは仲良くするつもりだ。それならば、将来的に社交界へ一緒に参加することも多くなるだろう。


「練習と思って、どうか頼むよ。俺だって初めての夜会なんだからさ」

「そうなのか。まあ、そうだろうな」

「あれ? アクセルはもしかして行ったことがあるの?」

「ああ、親に連れられて何度か行ったことがあるぞ」


 さすがは俺の二歳上なだけはある。俺よりも経験値が高いようだ。イジドルは俺と同じ年齢なので、まだ社交界デビューはしていないようだ。それなら俺と一緒にデビューすることになるのか。これは責任重大だな。ちゃんとした服を用意してあげないと。


「アクセル先輩、よろしくお願いします!」

「それならボク、行く必要ないよね? ね?」

「あー、それは――」


 アクセルが言葉を続けようとしたところで、俺たちの会話に割り込んで来た人物がいた。


「それは困ったな。イジドルの衣装もすでに用意してあるんだけどね」

「アレックスお兄様! どうしてここに?」

「氷室の状況を確認しに来たのさ。ダニエラ様も一緒だよ」


 そう言って後ろを振り向くと、近衛兵に守られたダニエラ様がいた。慌ててひざまずいた。一瞬遅れてアクセルとイジドルも同じようにひざまずく。氷室の改良を手伝ってくれていた人たちが動くのが分かる。きっとみんな同じような格好になっているはずだ。


「皆さん、私に構わずに作業を続けて下さい。今日は皆さんのお仕事を見に来ただけですから」


 優しい声が氷室内に響く。冷却の魔法陣を起動していなくて良かった。お姫様に寒い思いをさせてしまうところだった。

 ダニエラ様のお言葉に顔を上げ、みんなが遠慮がちに再び動き始めた。


「まさかこんなところにまでいらっしゃるとは思いませんでした」

「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのよ。でも、もう完成間近だと聞いて、急いでここに来たのよ。国のために無償で動いてくれている人たちに、お礼が言えないところでしたわ」

「お礼だなんて、そんな」


 確かに無償で動いていると言えばそうなのだが、かかる費用は全て国持ちだぞ? 王宮魔法薬師たちは国から給料をもらっているし、ハイネ辺境伯家で雇っている使用人にも給料が支払われている。無給でやっているわけではないのだ。


 無償で働いているのは……俺とアクセルとイジドルだけか。二人には俺から賃金を支払うべきかな?

 そんなことを話すと、二人はそれを否定した。


「何言ってるんだよ、ユリウス。じゃなかった、何を言っているのですか、ユリウス様。ボク……じゃなかった、私はすでにユリウス様から『シャワーの魔道具』をいただいていますよ」

「私も同じです」


 イジドル、頑張っているのは良く分かった。良く分かったけど練習が必要だな。見ろ、お兄様とダニエラ様の顔は笑っているが、内心では頭を抱えているはずだぞ。そしてそれに完全に乗っかって、一言で済ませたアクセルも不安である。

 チラリとお兄様の方を見た。それを察したお兄様がうなずきを返してくれた。


「三人には頑張ってマナー講習を受けてもらわないといけないね」

「え? 俺もですか!?」


 あ、しまった。


「……うん、そうだよ。三人がそろってお互いに足りないところを補い合えば、きっと大丈夫だよ。なに、心配は要らないよ。私もダニエラ様もついているからね」


 ニッコリとほほ笑むお兄様とダニエラ様。一方の俺たちは三人そろって震えていた。

 これは夜会までの間、地獄のマナー講習が始まるな。

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