第198話 ペンとメモ帳
さすがにこの場に氷室の設計図を持ってきていなかったので、後日、同じものをアレックスお兄様に提出することになった。もちろん設計者は秘密にしてもらう。
どうやらダニエラ様も、この件に関して国王陛下から何か言われていたようで、俺が提出すると言ったときにホッとした表情を浮かべていた。
それならそうと言ってくれたら良かったのに。何だか王女様から気を遣われているようで、とても気まずい。それにもう少しで本当の義姉弟になるのだから、変な気遣いは不要である。
「それじゃ、アクセル、イジドル、ユリウスを頼んだよ」
「何かあればすぐに私に言って下さいね」
「分かりました」
三人で声をそろえてそう言うと、お兄様とダニエラ様は戻って行った。扉が閉まると、俺たち三人はそろってグッタリとなった。
俺はそれなりに慣れているけど、二人にはかなりの心労がかかったはずである。
「何か、ごめん」
「謝る必要はないさ」
「そうだよ。こんなのだれも予想できないよ。まさか王女様とこんなに近い距離で話せるなんて」
「お、イジドルはもしかして、ダニエラ王女様が好きなのか?」
緊張感がほどけたのがうれしいのか、アクセルがイジドルをからかい始めた。イジドルは顔を真っ赤にしているが、否定はしなかった。
気持ちは分かる。美人だし、胸も大きいもんね。それに良い匂いもしていたから、鼻の良いイジドルにはたまらなかっただろう。犬だな。
「そ、そんなことよりも、こんなところにボクたちが泊まっても良いのかな?」
「良いんだよ。もう決まったことだし。貴重な体験ができたと思っておけばいいさ」
二人をソファーから助け起こして、部屋の中を見て回る。ベッドルームは四つあり、好きな部屋を使って良いみたいだ。どの部屋にも天蓋付きの立派なベッドが設置されていた。
それを見た二人は口を開けてしばらくそれを見ていた。
「ユリウス、何を書いているんだ?」
ようやくテーブルに座り、一息入れたところで俺は手紙を書いていた。それが気になったのか、アクセルが聞いてきた。
「アクセルとイジドルの両親に手紙を書いているんだよ。俺の都合で二人にはお城に泊まってもらうことになってしまったからね」
「そんなのいいのに。一言伝言を入れておけば大丈夫だよ」
「そうだよ。きっと気にしないよ」
「貴族として、そうはいかないさ。二人も手紙を書いた方が良いんじゃないの?」
アクセルがとても嫌そうな顔をしている。一方のイジドルは最初から書くつもりだったみたいなので、使用人にお手紙セットを用意してもらった。
手紙を書き終わると、二人の分と一緒に使用人へ渡した。アクセルとイジドルの家がどこにあるのかは知らないが、きっと優秀なハイネ辺境伯家の使用人が届けてくれるだろう。
「夕食まではまだ時間があるけど、どうする?」
「お城の庭園でも見て回る? いや、知り合いに遭遇すると困るからやめておこう。そうだな、どうしようか」
「ねえ、氷室を作るって言ってたけど、そんなに簡単に作れるの?」
どうやらイジドルは氷室に興味があるようだ。もしかすると、魔道具にも興味があるのかも知れない。どうするかなー。暇だし、ちょっと教えてみるかな?
「簡単かどうかは分からないけど、温度を下げる魔法陣を使えば、可能だと思うよ」
「そうなのか? それならすでにその氷室があってもおかしくないんじゃないのか」
アクセルも興味があるのか、話に加わってきた。使用人がペンとメモ帳を手に取った。どうしよう。下手な発言をすると、またアレックスお兄様に心痛をかけてしまう。
「そう言えばそうだよね。何でないんだろうねー?」
使用人の動きを敏感に察知した俺は、この話をすぐに切り上げることにした。うやむやにしてしまおう作戦だ。
「うーん、温度を下げるのにも限界があるんじゃないかな? ほら、水が凍るほどには温度を下げることができないとか」
う、鋭いな、イジドル。温度を下げる魔法陣はある。それは冷温送風機の魔道具で普通に使われている。だがしかし、氷ができるほどまで温度を下げる魔法陣は見たことがなかった。これはまずいかも知れない。
「なるほどな。それじゃ、ユリウスが描いた氷室の設計図には水を凍らせるほど温度を下げることができる魔法陣が備え付けてあるってことか。あれ、でもそれだとおかしいぞ。どうして他の人はその魔法陣を使わないんだ?」
「何でだろうねー? 気がつかなかったのかな?」
「ユリウス?」
「何か隠してない?」
二人の視線が痛い。しかしここでそれを認めるわけにはいかない。何とかして氷点下まで温度を下げることができる魔法陣を見つけたことにしなければならない。どうすれば……そうだ!
「アクセル、イジドル、ここだけの話なんだけど、実はハイネ辺境伯家の書庫にいつの時代に書かれたのかも分からない魔道具の本があってさ。その本の中に書かれていたことを応用して氷室の設計図を描いたんだよ」
「すごいや。さすがは由緒のある家柄だね」
素直に感心するイジドルに対して、疑いの目を向けるアクセル。こりゃ疑ってるなー。その一方で使用人がすごい勢いでペンを走らせていた。……あのメモ帳を何とかしないといけないな。俺のウソがバレてしまう。
その後はアクセルの疑いの目を避けるべく、これまで俺が作ってきた数々の魔道具について話した。そのかいあって、二人とも大いに関心を示してくれたようである。
完全に誤魔化すことができたかどうかは疑問だが、俺が氷室を作ることについてはご理解いただけたようである。
王宮魔法薬師たちも待っているだろうし、早急に氷室を作らないといけないな。氷室さえできれば、貴重な素材も長期間にわたって品質を保ったまま保存することができるはずだ。使い勝手が良くなることは間違いない。
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