第197話 お義姉様とお話をする

 彫像のように固まった二人の後ろで扉が閉まった。これで簡単には逃げ出せない状況になったぞ。だがしかし、この国のお姫様にここまで接近したのは初めてなのか、二人に動きがない。ここは俺がどうにかしないといけないな。


「紹介します。アクセル・ホルムクヴィストとイジドル・カピュソンです」

「あ、アクセルです」

「い、イジドルでしゅ」


 二人が顔を真っ赤にしながら挨拶をした。どうやら本物のお姫様を目の前にして、とても緊張しているようだ。イジドルに至っては自分が噛んだことにさえ気がついていないようである。


「うふふ、お二人の話は聞いておりますわ。私の義弟と仲良くしていただいているそうですね。いつもありがとうございます」

「弟?」


 石化が解けたアクセルが俺の方を見た。俺がうなずくと目がまん丸になった。あれ? アレックスお兄様とダニエラ様が婚約する話はまだ表には出ていないのかな? それとも知らなかっただけなのか。


「そう言えば、ダニエラ王女様が婚約するという話があったような」

「その相手がアレックスお兄様だよ」


 俺がそう言うと「早く言えよ」みたいな感じの目を二人から向けられた。そんな目で見られても知らんがな。王都でどんな話題がウワサになっているのかなんて、領都には入って来ないんだ。


「ほら、三人ともそんなところに立っていないで、座ったらどうだい?」


 アレックスお兄様がソファーを指し示した。まだ緊張感のある二人を誘ってソファーに座った。フカフカのソファー。これは間違いなく高位貴族向けの部屋だな。もしかすると、国外の偉い人が泊まる部屋なのかも知れない。


「こんな立派な部屋に泊まっても良いのですか?」

「良いのです。ユリウスは王家が呼んだ、大事な客人なのですから」


 ダニエラ様が力強くそう答えた。国としても魔法薬の作成に力を入れているのだろう。毒殺未遂事件があったくらいだからね。ずいぶんと警戒しているようだ。


「部屋の使い方は使用人に聞いて欲しい。私よりも詳しいはずだよ」


 アレックスお兄様が使用人の方を見ると、使用人が軽く頭を下げた。

 それだけを言うためにアレックスお兄様はダニエラ様を連れてここに来たのかな? そんなわけはないか。アクセルとイジドルにダニエラ様を会わせたかったのかも知れない。


 そうすることで、俺が王家につながっていることを示したかったのだろう。俺に付いても損はしないぞと言うことか。もしかすると、ピエトロやオビディオが俺に敵意を向けているという話でもあるのかな。それは嫌だぞ。


「ありがとうございます」

「良いんだよ。それよりも、王宮魔法薬師団での出来事を話してくれないかな? ダニエラ様もぜひユリウスの口から聞きたいみたいなんだ」


 ダニエラ様の方を見ると、ニッコリとうなずいた。なるほど、本命はこっちか。きっと国王陛下から探りを入れるように言われているのだろう。今回の万能薬の作り方を指導する件については、窓口が完全にダニエラ様になっているようだ。


 どうも、ダニエラ様とアレックスお兄様のつながりから、俺の動きを知ろうとしているみたいである。もちろん王宮魔法薬師団長のジョバンニ様からも報告が上がっているはずだ。それでも俺からの話を聞きたいと言うことは、俺はずいぶんと評価されているみたいである。


 ダニエラ様の手間を取らせるわけにはいかない。きっと忙しい中で俺のために時間を作ってくれているはずだ。俺はこれまであった出来事をなるべくウソ偽りなく話した。

 今日の出来事はアクセルとイジドルを交えて話した。ダニエラ様は俺が開発した真の魔法薬にずいぶんと興味を持ってくれたようである。


「大魔法薬師ですか」

「ダニエラ様、本気にしないで下さいね? そんな呼ばれ方をするのは嫌ですからね」


 ダニエラ様が残念そうな顔をしている。俺は残念じゃないぞ。話を変えよう。


「ところでダニエラ様、氷室の話はどうなりましたか?」

「そうでした。そのことについても進展があったのでお話ししようと思っていたのでした。許可は下りました。必要なものは国が負担しますので、遠慮なく作ってもらって構いませんわ」


 それにしてはずいぶんと許可が下りるのに時間がかかったな。情報統制とかに手間取ったのかな? 俺の疑問が顔に出ていたのだろう。ダニエラ様が再び口を開いた。


「古代にあった氷室を再現すると言うことだったので、国王陛下が王宮魔道具師たちにそのことを確認させていたのですわ。結局、そのような魔道具を作ることはできないということが発覚しました」


 え、みたいな顔でアクセルとイジドルがこちらを見た。不審そうであり、どこか悟ったかのような顔にも見える。きっと俺が魔道具も作れることを知って驚くんだろうなー。


「氷室のことを調べるのに時間がかかっていたのですね。ですが私が作ろうと思っている氷室は今ある氷室の効率を高めるもので、古代の氷室じゃないですよ?」


 まあ出来上がった物が、限りなく古代高度文明時代の氷室に近い性能になるかも知れないけどね。ウソではない。どうやら俺が氷室を改造すると言ったのが、違う形で伝わったようである。


「そうかも知れませんが、国王陛下は古代の氷室が再現されるのではないかと思っているみたいです」


 おおう、国王陛下の俺に対する期待値がストップ高だ。これまでの俺の行いがそこまで高く評価されているのか。……まあ、そうだよね。命の恩人の時点で好感度は高いのは間違いない。


「その心配は要りませんよ。ほんのちょっとだけ、前の氷室よりも良くなるだけですから」

「ねえ、ユリウス、その氷室の設計図を見せてもらうことはできるかな?」

「やだなぁ、お兄様。ちょっとした改造なので設計図なんて作ってませんよ」


 笑って誤魔化す。


「ユリウスは前に設計図を作るって言ってたよね? それに、王宮魔法薬師団の人には見せていたって報告が私のところに上がっているよ。私にはそれを見せてくれないのかい?」


 怖い! お兄様の黒い笑顔が怖い! 見ろ、アクセルとイジドルの顔色が真っ青になっているぞ。俺の顔もきっと同じようになっているだろう。

 俺は氷室の設計図を差し出さざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る