第196話 これが真の魔法薬……!
調合室と魔法薬保管室は内側のドアでつながっている。そこにはずらりと魔法薬が並んでいた。その壮観な眺めを見た二人の顔が引きつった。どうやら魔法薬には抵抗があるらしい。
「ここが魔法薬を保管する場所だよ。正直に言って、昔の作り方で作った魔法薬を使うのはおすすめしない」
「昔の作り方? その言い方だと、新しい作り方があるみたいだけど」
イジドルが首をかしげながら聞いてきた。興味が出てきたのか、アクセルもこちらを見ている。良い傾向だぞ。せっかくなので、使って体感してもらおう。
「王宮魔法薬師が新しい作り方を考案したんだ。その方法で作られた魔法薬は、まずくないし、嫌な臭いもしない」
「ほんとかな~?」
アクセルが疑っている。剣術の練習をしていれば、ケガをすることもあるだろう。きっとそのときにゲロマズ初級回復薬を飲んだのだろう。半眼でこちらを見るアクセルを横目に初級回復薬を持って来た。
魔法薬の作り方を教えてから、魔法薬保管室内ではくっきりと旧魔法薬と新魔法薬が区別されている。そして新魔法薬はだれが作ったか分かるように、それぞれの棚が用意されていた。
だれが何の魔法薬を作り、素材をどれだけ使ったのかを管理するためである。素材台帳はしっかりとその機能を果たしつつあった。これで素材の品質も良くなるはずだ。
「これが俺が作った初級回復薬だよ。臭いだけでも嗅いでみてよ」
「わ、分かった」
自信たっぷりに渡したのが良かったのか、顔を引きつらせながらもアクセルは受け取った。そしてキュポンと栓を開けると、恐る恐る臭いを嗅いだ。
「何の臭いもしない? いや、なんかちょっと甘い臭いがする」
「ほんと~? ボクにも臭いを嗅がせてよ。……甘い香りがするね。これはハチミツの臭いだ。間違いないよ」
さすがは食いしん坊キャラのイジドル。確信している様子だった。
不思議そうに初級回復薬を見つめる二人。この魔法薬は孤児院の子供たちが飲みやすいように甘くしたタイプの魔法薬だ。効果は少し落ちるが、子供受けは他の追随を許さない。
「二人とも味が気になってきたんじゃないの? 試しに飲んでみる?」
「そ、そうだな」
「ちょ、ちょっとだけなら……」
さすがに二人に間接キッスをさせるわけにはいかないという配慮から、コップにつぎ分けた。透き通った緑色に目をしばたたかせていた。
「こんな色だったっけ?」
「たぶんそうだと思うけど、キレイな色だよね」
たぶん違うぞ、イジドル。もっと濁った暗い色をしていたはずだ。ジッと見つめていた俺と目が合うと、観念したかのように目をつぶって少しだけ飲んだ。
「あ、甘い!」
「なにこれ~!?」
そう言いながらグイッと飲み干す二人。おやおや~? ちょっとだけじゃなかったんですかね~。
「どう?」
「これ本当に初級回復薬なのか?」
「ちょっと信じられないよ。これならいくらでも飲めそう」
本当にいくらでも飲むんじゃないぞ、イジドル。何事にも限度と言うものがあるからな。
これで二人にはゲロマズ魔法薬が「魔法薬の真の姿ではない」ことを分かってもらえたことだろう。
「他にも小さな子供でも飲みやすいように、甘い風邪薬もあるぞ。王都でますます風邪が流行ってきているみたいだからね。これがそうだよ」
「ピンク色!」
「……これも甘い香りがするね。こっちはシロップだね」
どうやらイジドルの嗅覚は鋭いようである。犬か。さすがに風邪薬は需要が高くなっているため、試飲させることができなかった。
「新しい魔法薬はすごいんだな。これならケガしても安心だ」
「これが真の魔法薬……!」
うれしそうに笑うアクセルに対して、風邪薬を見つめながら真剣な表情をしているイジドル。どうやら魔法薬に興味を持ってくれたみたいだな。イジドルは魔法が使えるので、魔法薬師になるのには持って来いの人材だ。うまく興味を引いて仲間を増やさなければ。
「ねえ、魔法薬の新しい作り方って、ユリウスがみんなに教えたんだよね?」
「ん?」
まずい、イジドルが冷静になって余計なことを考え始めたぞ。ここは何としてでも誤魔化さないと。
「違うよ。さっきも言ったけど、王宮魔法薬師たちが考案したんだよ?」
「ユリウス……」
「先生って呼ばれていたもんね。今ならそれが納得できるよ」
二人そろってあきれたような顔をしていた。俺ってそんなに顔に出やすいタイプだったかな? それとも友達の前だから油断してる? どちらにしてもあまり良くないな。今度アレックスお兄様にポーカーフェイスのやり方を教えてもらおう。
そうこうしているうちに、使用人が戻ってきた。
「ユリウス坊ちゃま、宿泊の準備が整いました。来賓室まで案内します」
「分かったよ。二人とも行くよ」
「そういえばそういう話だったな。何だか緊張してきたぞ」
「お母様に連絡しておかないと」
俺たちはすぐに移動を開始した。アクセルとイジドルの両親には俺から手紙を書こう。それを渡してもらえれば、少しは安心してくれるはずだ。
来賓室は王城の少し奥まったところにあった。防犯を兼ねているのかな? それとも、妙なことをしたらすぐに分かるように、監視がしやすいお城の奥に部屋が設けてあるのかな? 両方かも知れない。
来賓室というだけあって、部屋の扉は重厚感のある立派な扉だった。しっかりと磨き上げられているようであり、鈍い色で光り輝いている。
「こちらの部屋になります。アレックス様、ユリウス坊ちゃまとお連れの方が参りましたよ」
使用人が扉をノックするとすぐに返事があった。アレックスお兄様の声だ。その声色はどこか明るい印象を受けた。お兄様にとっては来賓室に泊まるのは日常茶飯事なのかも知れないな。
使用人が開けてくれた扉から部屋の中に入ると、二人の人物が俺たちを待っていた。後から入って来た二人が固まったのが分かった。俺も一緒に固まりたい。
「ダニエラ様、ご機嫌よう」
「久しぶりですわね、ユリウス」
アレックスお兄様の隣に座るダニエラ様がにこやかな表情を浮かべながら俺たちを迎えてくれた。
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