第194話 お泊まり会

 剣術の練習が終わり、いつもの様に談話室のテーブルの一つを占領して世間話に花を咲かせようとしていたところをアレックスお兄様に捕まった。いや、正確には俺の剣術の練習が終わるのを待っていたようである。あまりにもタイミングが良すぎる。


「ユリウス、剣術の練習が終わったみたいだね。話があるから一緒に来てもらえるかな?」

「それはもちろんですけど……」


 チラリとアクセルの方を見た。どうやら本物の貴族を見て緊張しているようである。表情が硬い。そして俺は貴族として見られていないようだ。だがそれがいい。堅苦しい付き合いなどごめんである。気が休まらない。


「アクセル君も一緒に来るといい」

「それじゃ、談話室に行きましょう。いつもそこで話しているので」


 俺の視線を察し、にこやかな笑顔で承諾するお兄様。もしかして、ついでにアクセルの人柄を観察しようと思っているのかな。あり得そうだ。


「あの、俺、じゃなかった、私はここで……」

「遠慮はいらないよ、アクセル。イジドルも来るだろうからね」

「……」


 俺の笑顔にアクセルが黙り込んだ。そして段々と顔色が悪くなっている。大丈夫、俺もお兄様も取って食べたりはしないからさ。

 談話室に行くと、先に来ていたイジドルが席を確保しておいてくれていた。これはちょうど良い。思わずニヤリとしていると、イジドルと目が合った。あ、スッとそらしやがった。逃がさんぞ!


「イジドル、待たせちゃったかな?」


 笑顔とさりげない歩調でテーブルに近づく。イジドルが顔を上げる。その顔はとても不安そうだった。しきりにアクセルと目配せをしている。その隙に俺とお兄様はさりげなく席に座った。つられてアクセルも座る。すぐにお茶とお菓子が用意された。


「アクセル君とイジドル君のことはユリウスから聞いているよ。いつも面倒を見てくれているようで助かるよ」

「い、いえ、面倒を見てもらっているのはボクの方です」

「イジドルの言う通りです。ユリウス様にはいつもご迷惑をかけてばかりで……」


 久しぶりにアクセルに様付けで呼ばれたな。何だかものすごい距離を感じる。本来ならこれが正しい距離感なのだろうが、知り合いから様付けで呼ばれるのにはいつまでたっても慣れないな。


「二人とも、いつも通りユリウスと接してくれないかな? ほら、ユリウスが不快そうな顔になってる」

「……」


 顔の出てたか? 俺もお兄様ほどではないが、ポーカーフェイスには自信があるんだけど。そんな俺の様子を見た二人が観念したのか、下を見ながらため息をついた。


「分かりました、そうさせていただきます」


 アクセルがそう言うと、イジドルもうなずいた。それを見たお兄様は笑顔で何度もうなずいている。どうやら悪い印象は与えていないようである。


「ユリウス、王城に泊まる許可が下りたよ」

「本当ですか?」


 お兄様が一つうなずいた。ウソだと言って欲しかった。これで王城に泊まることは確定した。あとはどこに泊まるかだな。


「もちろん王宮魔法薬師団の休憩室に泊まることになるのですよね?」

「さすがにあそこに泊まらせるわけにはいかないよ。部屋の中を見せてもらったけど、とても人が眠れるような場所じゃなかったよ」


 くっ、すでに確認済みか。見られなければどうにかなると思ったのに。どうして片付けておかないんだ。あとで片付けておくように言っておかないとな。自分の物は自分の部屋に置きましょうってね。調合室に近いからって、何でもかんでも詰め込むんじゃありません!


「それではどこに泊まることになるのですか?」

「ダニエラ様の部屋に……」

「却下です、お兄様。冗談ですよね?」

「じょ、冗談だよ。アハハ……」


 これは俺が否定しなかったらそうなるパターンだったな。何を考えているんだ。いくら将来の義姉だからと言って、やって良いことと悪いことがあるぞ。もしかしてダニエラ様は、俺にクロエ様の婚約者の話をしてしまったことを引きずっているのだろうか?


「どうしてそんな冗談を言うのですか。変なウワサが立ったらどうするおつもりですか」

「いやぁ、ダニエラ様がユリウスのことを心配していてさ。一人にしておいたら、何かまた問題を起こすんじゃないかってね」

「……そう思っているのはお兄様じゃないんですか?」


 ねっとりとした目でお兄様を見た。お兄様は笑顔で涼しい顔をしていた。効いてないよ。これだからお兄様は怖いんだよ。さすがは辺境伯家の嫡男。


「そうなると、困ったことになるな。来賓室に泊めるにしても、ユリウス一人じゃ不安だ。だれかユリウスと一緒に泊まってくれる人がいないかな。ユリウスを含めて三人一緒でも全然問題ないんだけどね」


 眉をハの字に曲げてアクセルとイジドルの方を見るお兄様。なるほど、真の狙いはこっちか。二人に俺を見張らせようという魂胆か。

 あからさまな誘いに気がつかない振りをすることもできずに、二人は「自分たちで良ければ」と言った。あとで二人に謝っておこう。




 言いたいことを言うと、「来賓室を押さえておくから」と言ってお兄様は去って行った。嵐のようなお兄様が立ち去ると、アクセルとイジドルが同時に地をはうスライムのように潰れた。


「アクセル、イジドル、ごめん」

「誤ることはないさ」

「そうだよ。でもね、事情ぐらいは説明して欲しい」


 さすがに申し訳なく思った俺は、念のため口止めしてから事情を話した。

 どうやら俺が王宮魔法薬師団のところに通っていることは知っていたが、俺が魔法薬の作り方を教えているとは思ってもみなかったようだ。


「そっかー。ボクも一度どんなところか見に行きたいな」

「俺も気になるな?」


 二人がこちらを見た。巻き込んでしまった手前、断れないな。俺は二人を調合室に案内せざるを得なかった。あの光景を見て、二人がどう思うかな。あまり考えたくはないな。

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