第195話 やめてよね

 使用人に調合室の様子を見に行くことを告げると、アクセルとイジドルを連れて関係者以外立ち入り禁止の区域へと入った。警備の騎士に挨拶をして通過すると、二人の顔色がだんだんと悪くなってきた。


「こんなところにあったんだね。頼んだのはボクたちだけど、本当に入っても大丈夫なの?」

「平気、平気。気にすることはないよ。だって二人は間者じゃないでしょ」

「そりゃそうだけど」


 苦笑するアクセル。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったらしい。子供が入り込むくらいだから、剣術の練習と同じような感じだと思っていたのかも知れない。

 俺が教えているとは言っても、同年代の子供に教えていると思っていたのだろう。


「ここが調合室だよ。普段は入られない場所だから、きっと貴重な体験になるよ」


 魔法薬を作っているところなんて見たことはないだろう。きっと驚くはずだぞ。もしかしたら興味を持ってもらえるかも知れない。そうなると、魔法薬師仲間が増えるかも。

 扉の両サイドに立つ騎士が俺に敬礼してから扉を開けてくれた。


 その途端、室内から異臭があふれ出した。そうだった、今はひどい素材を使った万能薬の調合中だった。アクセルとイジドルがそろって顔をしかめた。早くも来たことを後悔しているような顔つきだ。


「ユリウス先生! ここへ戻って来たと言うことは、宿泊の許可が下りたのですね」

「良かった。ちょっと見てもらいたいと思っていたところだったのですよ」

「これで確実に完成させることができるぞ」


 扉が開き、俺が戻ってきたことに気がついた王宮魔法薬師たちから次々と歓喜の声が上がった。そうだった、ここでは俺、「先生」呼びされているんだった。

 顔をしかめながらも目を大きく見開くという器用な表情を二人が浮かべた。


「ユリウス、先生って」

「先生なの!?」

「あー、まあ流れでそんな感じになっちゃったね」


 そうなんだよね、俺は断ったはずなんだけどなぜか流れでそうなってしまったんだよね。この場だけだから良いかと思っていたけど、やっぱり良くなかったかも知れない。


「ねえ、ボクもユリウス先生って呼んでも良いかな?」

「あ、俺も、俺も!」

「やめてよね」


 これはまずい。先生呼びが広がりそうな雰囲気になってきたぞ。訓練場でそんな呼び方をされたら、絶対にピエトロやオビディオに目をつけられる。そのうち王宮裏に呼び出されるかも知れない。危険だ!


「皆さんが私のことを先生と呼ぶから妙なことになるのですよ。今後は先生と呼ぶのは禁止ということで」

「そんなぁ」

「それでは何とお呼びすれば……」


 ガックリとうなだれる王宮魔法薬師の皆さん。ほら、手が止まっているぞ。俺は慌てて手を動かすように、鍋を見るように指示した。せめて鍋をかき回している人はそっちに集中しろ。こちらの話を気にするんじゃない。


「やはりここは『大魔法薬師様』とお呼びするしかあるまい」

「おおお!」

「やめてよね」


 おおお! じゃないから。余計にひどくなってるじゃないか。それに大魔法薬師様って何だよ。初めて聞いたぞ。その呼び方、今作りましたよね、ジョバンニ様?

 あああ、これならまだ先生と呼ばれた方がマシなのか? 大魔法薬師様に比べればマシなのか?


「分かりました。それではこれまでのように先生と呼んでいいですから。その大魔法薬師様というのは絶対にやめて下さい」

「分かりました。ユリウス先生」


 その場にいた全員が声をそろえてそう言った。


「……アクセルとイジドルはいつもの様に俺のことは呼び捨てするように」

「そんなぁ」


 どうしてそんなに残念そうな顔をするんだよ。二人は俺を一体どうしようというのかね。

 俺は大きく息を吐くと、二人を連れて鍋を見て回った。温度管理が甘いところや、圧力が弱いところを指導して行く。


「ユリウス、これは何を作っているんだ?」

「これは万能薬だよ。ちなみにこの話はここだけの話だから、口外しないように。国王陛下の指示を受けて作っているんだよ」


 サッとアクセルとイジドルの顔色が青くなった。まさか国王陛下の名前が出て来るとは思わなかったのだろう。そして自分たちがとんでもない秘密を知ってしまったことを認識したはずだ。

 ようこそ、アクセル、イジドル。俺たちは秘密を共有する仲間になったぞ。


 二人には悪いが、きっとアレックスお兄様は俺たち三人で秘密を共有して、つながりを強くしようと思っていたはずだ。俺には王都で力になってくれる、頼れる仲間が必要だ。アクセルとイジドルなら問題ない。


「ただ者じゃないと思っていたが、ユリウスはやっぱりただ者じゃなかったな」

「そういえばユリウスは最初から貴族らしくなかったもんね。その時に気がつくべきだったよ」

「ちょっと、人のことを変な人みたいに言うのはやめてもらえませんかね?」


 三人で顔を見合わせ笑った。良かった。どうやら受け入れてもらえたようだ。ようやく安堵の息を吐き出せそうだ。これで「やっぱ無理です」とか言われたら立ち直れないところだった。


「ねえ、ユリウス、この臭いは何とかならないの?」

「使っている素材の品質が良くなれば無くなるよ。今回は練習なんだ。次に作るものからは、臭いも無くなって、味も良くなるはずだよ」

「やっぱりまずいのか。でも、本当にそんなことになるのか? 信じられないな」


 あごに拳を当てて、眉をひそめているアクセル。そういえば二人はまともな魔法薬を知らないのか。ここは体験させておくべきだろう。


「ついてきてよ。本物の魔法薬を見せてあげるからさ」


 二人が唾を飲み込むのが分かった。本物は言い過ぎだったかな? ゲロマズ魔法薬でも一応効果はあるので、本物と言えば本物だしね。

 少し嫌がる素振りを見せた二人を強引に隣の部屋へと連れて行った。

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