第193話 王宮魔法薬師団の守護神
調合室内の臭いは最悪だが、鍋の中の様子は悪くない。品質の悪い素材をしこたま使った割には上手くいっている。さすがは王宮魔法薬師。魔法の制御はお手の物である。
「ここまではとても良くできていますよ。あとはこの状態を維持するだけです。無理せず、余裕があるうちに次の人に交代して下さいね。そのためのチームですから」
「はい、ユリウス先生」
もう俺は立派な先生だな。ちなみにこれは卒業試験だぞ。万能薬が完成したら、俺は晴れて自由の身になるのだ。
改めてそれぞれのチームの鍋を確認するが問題はなさそうだ。みんな真剣な表情で鍋と向き合っている。
「これなら私がいなくても大丈夫そうですね」
「どこかに行かれるのですか?」
「午後から剣術の練習がありますし、さすがに王城に泊まり込むわけにはいきませんからね」
王宮魔法薬師団長のジョバンニ様が難しい顔をしている。どうやら俺がいなくなることが不安なようである。そうかも知れないけど、十歳児にする顔じゃないな。成人前の子供だぞ。
「王城内で宿泊できるように整えますので、今日だけでも何とかなりませんか?」
「さすがに私だけの判断で決めることはできません。……そうですね、お兄様に手紙を出すことにします」
さすがにそんなすがるような顔をされてしまっては無下に断ることができなかった。俺も甘いな。そしてそれで、いつも自分の首を絞めている。
「ありがとうございます。私からも手紙を出します。何としてでも見守ってもらわなければ」
あ、これは完全に俺が祭られているパターンだな。王宮魔法薬師を見守る神様になってる。先生どころじゃなかった。
俺は顔が引きつるのを抑えながら、昼食へと向かった。
「ユリウス坊ちゃま、ペンと便箋をお持ちしました」
「ありがとう。今のうちに書いておかないといけないな」
昼食を食べ終えるとすぐにアレックスお兄様へ手紙を書いた。お兄様はタウンハウスにいるはずなので、すぐに手紙の返事は来るだろう。しかし王城に泊まるねぇ。あまり気が進まないな。調合室の隣に準備した仮眠室で良いと言ったのだが許されなかったんだよね。
書き終えた手紙を使用人に渡す。ある程度の事情を知っているだろうから、説明もしてくれることだろう。俺は悪くない。俺が王城に泊まりたいと言ったわけではないのだから。
お昼休憩にもかかわらず、あまり疲れが取れなかったな。ちょっと憂鬱な気持ちで訓練へと向かった。
「どうしたんだ、ユリウス。動きが悪いぞ」
「ちょっと憂鬱な出来事があってさ」
いつものようにアクセルと打ち合いながら話す。アクセルは強化魔法を習得しつつあった。まだ一瞬だけではあるが、確実に自分がここぞと思う呼吸で使うことができるようになっている。
相手をする俺は一苦労である。一瞬たりとも気が抜けない。でも今日は集中できない。
「そんなんだと、俺が攻撃しにくいじゃないか」
「アクセル、他の人と打ち合いをするときには使ってないよね?」
「約束は守る。それにそれをやったら相手がケガするからな」
強化魔法を使った攻撃は大変危険だ。同じように強化魔法で対抗しないと骨折どころではすまないかも知れない。そんなわけで、絶対に俺以外の人には使わないように言ってある。
「オビディオとは打ち合いをしてないの?」
「騎士団長がそれをさせないよ。オビディオは俺と決着をつけたいみたいだけどな」
チラリとオビディオが練習している方を見た。今は騎士団長と打ち合いをやっている。それを取り巻きの子供たちが見ていた。確かに見るのも練習にはなるけど、実際に体を動かさないと身につかないぞ。
「最近は騎士団長と練習してるみたいだね」
「ああ。他のやつじゃ練習にならないらしいぞ? ユリウスがいないときに宣言していたよ」
「何で俺がいないときに宣言するんだよ」
「たぶんライバル意識があるんだろう。ユリウスと打ち合いをしている俺がどんどん強くなっているからな」
そんなにうれしそうな顔をするんじゃない。俺がアクセルを強くしているみたいじゃないか。確かに一緒に訓練をしているけど、その強さはアクセルが自力で身につけたものだぞ。俺が無条件で授けたものじゃない。
「どうしてそんなことになるかなぁ」
「そりゃ、騎士団長がユリウスのことを褒めていたからな」
「……どんな風に?」
本当はこれ以上聞きたくないけど、聞かざるを得ないだろう。妙なウワサが広がりそうなら、アレックスお兄様とダニエラ様の力を使って打ち消さねばならない。
「俺が教えられるものはもうないって」
「そりゃまずいわ」
どうしてこうなった。ここに通うようになってから、俺は一度も騎士団長と打ち合ったことはないぞ。どうしてそんなに評価が高いんだ。ライオネルか? ライオネルのせいなのか?
「そのうちオビディオのやつが勝負しろって言ってくるんじゃないのか?」
「まあ、普通にお断りするけどね。俺はただの辺境伯家の子供だし。そこを強調する。高位貴族の子供にケガをさせたら大変なことになるぞってね」
「そんなに嫌か。ちなみにオビディオと戦って勝つ自信は?」
「オビディオには決して負けない。なぜなら戦わないから」
「お前な……」
アクセルはあきれているが、騎士団長の息子と勝負して勝ったら大変なことになるぞ。オビディオのプライドはボロボロになるだろうし、騎士団長も良い思いはしないだろう。
だからこそ、アクセルとオビディオをぶつけようとしないのだ。
騎士団長もずいぶんと過保護だと思うが、オビディオが精神的に幼いことが何より大きな問題だと思う。こればかりは時間に解決してもらうしかない。大人になって、心に余裕を持てるようになれば、負けも受け入れられるようになるだろう。
その後もアクセルとしばらく打ち合ったが、結局アクセルは強化魔法を使った攻撃をして来なかった。きっとさっき言った高位貴族の子供にケガうんぬんの話が効いているのだろう。
俺も集中力に欠けていたのでちょうど良かった。一方のアクセルは消化不良のようだった。申し訳ないことをしちゃったかな? でも王城にお泊まりか。あまり気が進まないな。
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