第192話 心を一つに

 そして今日は、いよいよ王宮魔法薬師団のみんなに万能薬の作り方を教えることになっている。みんな気合いが入っているようで、いつにも増して熱視線がそそがれている。


「それでは万能薬の作り方を教えます」

「よろしくお願いします」


 材料のうちの、「世界樹の葉」と「ドラゴンの血」は三回分しか残っていなかった。いや、三回分もあったと言うべきか。そしてどちらも品質は非常に良くない。いや、最悪と言って良かった。腐っても鯛だな。そうじゃなきゃ、捨てていた。


「素材の品質は悪いけど、みなさんで協力して作れば問題なく作ることができるはずです」

「みんなで協力して作るのですか?」

「そうです。万能薬を作るためには三日間、つきっきりで作業しなければいけませんからね」


 その場にいた全員が絶句した。俺の発言は予想外だったのだろう。困惑している人もいる。

 一応、聞いておこうかな?


「ちなみに、以前、万能薬を作ったときにはどうやって作ったのですか? 確か作り方には『三日間、魔法で圧力を加えながら加熱する』と書いてあったと思うのですが」

「それがその、魔力が尽きたらその日は終わりにして、次の日に加熱して圧力を加えてました」

「なるほど」


 その作り方で良く完成することができたな。そりゃ大量の失敗作ができるはずだわ。熱と圧力が完全になくなったら、途中で溶液が分離してしまう。そうなると二度とは溶け合わない。そうなれば当然、失敗作になる。


「その作り方では失敗して当然です。一つの万能薬をみんなの力を結集して作成する。そのつもりで協力して作りましょう。大丈夫、みなさんならきっとやり遂げることができますよ」


 俺がほほ笑みかけると、安心したかのようにみんなの表情が和らいだ。

 本来ならこの様子をメモ帳に書くであろう使用人はこの部屋にはいない。秘中の秘である万能薬を作るので、部外者は立ち入り禁止にしてあるのだ。


 万能薬は全ての毒を解除することができる。それだけに、非常に価値がある。この国の切り札と言っても良いだろう。この作り方を求めて、戦争が起きる可能性だってあるのだ。

 そのため、その取り扱いには十分に気をつけなければならない。俺が国に託したのもそのためだ。もちろん、俺が関与していることを知っているのは一部の人だけだ。


「それではチーム分けをします。三つのチームに分かれて作ることになりますので、それぞれ協力して、交代で管理しながら作って下さい」


 チーム分けを発表する。チーム内の力がなるべく同じになるようにしてある。それでも安定しないときは俺が手助けすることになる。

 まずはチーム内での挨拶からだな。能力以外の、仲が良い、悪いがなければ良いんだけど。


 お互いに挨拶が終わったところで作業を開始する。午前中のうちに、圧力と温度管理をすれば良いだけの状態に持っていきたい。あらかじめ作っておいた上級回復薬と強解毒剤も用意する。どちらも品質は悪いが、素材としては問題なく使うことができる。


 万能薬を問題なく作ることができるようになったら、次は品質の底上げだな。上級回復薬と強解毒剤の素材も良いものに変えなくてはならない。

 圧力をかけても大丈夫なように作られている特製の鍋に上級回復薬を入れる。それを加熱してから強解毒剤を少しずつ混ぜていく。


 まずは第一の関門だな。量が多すぎると塊になってしまうのだ。そうなった場合、強引に溶かさなくてはならなくなる。強火でグツグツと煮ることになるのだ。そうなると、とんでもなく苦味と渋味が出て来るのだ。想像しただけでも嫌だな。


「焦らずゆっくりでいいですからねー。腕が疲れる前に次の人に交代して下さいねー。二時間ぐらいかけるつもりでやって下さい」

「二時間!」

「はい。その間に世界樹の葉を乾燥させて下さい。栄養分がギュッと濃縮するイメージで乾燥ですよー」


 全員ではないが、『乾燥』スキルを持っている人がいたのでお願いする。すでにカラカラになっているものをさらにカラカラにするのだ。

 作業を開始してから二時間。どのチームも問題なく第一の関門を突破したようである。これまでの経験が生きた形になったな。先生はうれしいぞ。


「ここまでは問題ありませんね。それでは世界樹の葉を乳鉢で細かく砕いて下さい。粉になるくらいにしっかりとお願いします。その間に火を止めて、ドラゴンの血を入れて下さい。混ぜながら入れて下さいね」


 ドラゴンの血が入り、鍋の中から不快な香りがあふれ出た。品質が悪からね、仕方ないね。無事に万能薬を完成させることだけを考えよう。それ以外には目をつぶる。

 しっかりと混ざり合ったところに粉状にした世界樹の葉を入れる。濃縮した森の香りがしてきた。不快な香りと相まって、調合室の臭いは最悪である。だがこれに耐えなければならないのだ。


「しっかりと混ぜたところで火をつけて下さい。火力は沸騰しないギリギリの温度です。それと同時に魔法で圧力を少しずつかけていって下さい。鍋の中の溶液が七色になるように維持して下さいね。あとはその状態を三日三晩、続けるだけです。溶液が輝き始めたら完成ですよ」


 鍋を見て回りながら様子を確認する。圧力のかけ方が弱いチームや、火が強すぎるチームには指導していく。そのたびに、チームメンバーのだれかが、俺の出した細かい指示をメモ帳に書き記していた。


「強解毒剤を入れる量をここまで少量にしないといけなかったのか。道理で小さな塊がたくさんできたわけだ」

「ここまでカラカラになるものなのか。前に使ったものは乾燥が全然足りてなかったな」


 すでにここまででも改善点があったようである。言葉だけで、「塊ができないようにゆっくり入れる」とか、「カラカラに乾燥させて粉にする」と書いただけでは足りなかったようだ。魔法薬の製法を紙に書くときはこれでもかと言うほど細かく指示を書く必要がありそうだ。

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