第191話 絶対言うなよ
魔法の訓練も終わり、登城したときの日課となっている談話室へと向かった。そこにはすでにテーブルを確保したアクセルの姿があった。こちらに気がついたアクセルが手を振った。
「おう、今日はユリウスが来ているみたいだな。昨日は何かあったのか?」
「まあね。ちょっとした魔法薬を提供することになってね」
席に座りながら話した。使用人は俺が指示するまでもなく、お茶とお菓子を運んできた。それを食べながら一息ついた。
先ほど出た剣聖候補の話は使用人を通じてアレックスお兄様に伝わるのだろうか。そう考えると、今から頭が痛い。
「だれかが病気になったの? もしかして流行病!?」
イジドルが両手にお菓子を持った状態で驚いている。イジドル、そんなんだからポッチャリになるんだぞ。いくら魔力を消耗しているからと言っても、少しは落ち着きなさい。
「もっとひどいことになっていたよ。どうやら流行病は肺の病になる可能性があるみたいなんだ」
「大丈夫なのか、それ?」
「大丈夫。俺が作った魔法薬を飲ませて、すぐに元気になったよ」
「すぐに元気」
二人が驚いている。肺の病は重病だという認識はあるみたいだ。二人にも気をつけてもらわないといけないな。念のため、手荒いとうがいをしっかりとするように、改めて言っておいた。
「そんなわけで、王宮魔法薬師団でも魔法薬が作られているから、王都が混乱することにはならないよ」
「それなら、今後は急な呼び出しもなくなるな。昨日と今日と、ユリウスと打ち合えなかったから体がなまってる気がする」
「別に俺じゃなくても良いんじゃないの?」
「他のヤツじゃ相手にならないんだよ。かと言って、オビディオとはやりたくないしな。まあ、向こうも俺とは関わらないようにしているから、お互い様だな」
どうやらアクセルとオビディオはライバル関係にあるらしい。切磋琢磨するのは良いことだが、行き過ぎないことを願うばかりである。これはアクセル陣営である俺も嫌われたな。別に痛くもかゆくもないけどね。
「さすがに今からアクセルと打ち合うのは無理だからね。帰らないとお兄様が心配する」
「過保護だよね、ユリウスのお兄様」
「笑い事じゃないぞ、イジドル。それに過保護じゃない。俺が何かするんじゃないかと心配なだけだ」
「あー、確かに」
イジドルが納得した。どうしてそこで納得するんですか。そこは否定するところでしょうが。やっぱりみんなにそう思われているのか。ドッと疲れが出た。
「そうだった、アクセルに新しい課題を出そうと思っていたんだ。ライトの魔法は使えるようになっているよね?」
「使えるぞ。まだほんの数分しか使えないけどな」
「それで十分」
少しずつだが、アクセルの魔力量も増えているようである。どうせなら、同時に魔力制御も鍛えておこう。
「今日からはそのライトの光を一定に保つようにするんだ。これは魔力制御の練習になる。そして魔力制御を極めれば、消費する魔力量も減ることになる」
「あ、それ魔導師団長が言ってた言葉だ」
種明かしをするイジドル。だがそれでいい。俺が発見したことにならなければ、これ以上ウワサになることもないはずだ。
「光の量を一定に保つか。難しそうだな」
腕を組んで考え込むアクセル。どうやらライトの魔法は使えるようになったが、光量は安定していないようである。それならますますこの訓練をするべきだな。
「大丈夫、アクセルの集中力ならできるよ。それができるようになったら、強化魔法を教えてあげるよ」
「強化魔法?」
「何それ? 知らないんだけど」
まずい、もしかして教えたらまずいやつだったか? でも騎士団では何人かの人が使っていたんだよね。もしかして無意識で使ってた? それはそれですごい才能だと思うけど。
「えっと、体の動きを良くする魔法かな。アクセルには必要な魔法だと思うんだ」
「強化魔法……もしかして、騎士がときどき見せるすごい力ってそれを使ってる?」
「多分そうだと思う。それを意識的に使う魔法だね」
パッとアクセルの顔がひまわりのように咲いた。イジドルも目を大きくしている。
このままではまずいことになりそうだ。急いで強化魔法について調べないと。
「念のため言っておくけど、まだ内緒だからね? だれかにこのことを言ったら、教えないから」
「分かってる、分かってるって。イジドル、絶対に言うなよ」
イジドルが俺の方をみながら、口元をしっかりと抑えてコクコクと首を縦に振っている。どうやら先ほどの威圧がまだ効果を発揮しているようである。……そんなに怖かった? そこまで脅したつもりはなかったんだけど。
イジドルを脅してから数日が経過が経過した。あれからアクセルは必死にライトの魔法を練習しているようである。その成果は徐々に現れつつあるようで、小さな光を十分ほど持続できるようになっていた。
もちろん強化魔法も教えている。まだ持続時間は短いけどね。
その成果をイジドルと一緒に喜びつつも、俺の心の不安はどんどん大きくなっていた。何のことはない。流行病についてのことだ。
王都ではすでにかなりの広がりを見せていた。さいわいな事に風邪薬が効くので何とか対処できている。王都には魔法薬師ギルドがあるし、魔法薬師もそれなりの数が在住している。
問題は領都だ。領都にも魔法薬師はいるし、ファビエンヌ嬢を通じて魔法薬を作ってもらっている。アレックスお兄様からは領都で風邪が流行っていると言う話は聞いていない。だが、徐々に王都周辺の街に広がっているという話は聞いている。
領都で流行るのは時間の問題だろう。広がりを見せる前に、領都に帰っておきたい。そのためには、万能薬の作り方を王宮魔法薬師たちに仕込まなければならないのだ。
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