第190話 宝石の原石のような

 通常の風邪薬も作っておくようにと指示をして、その日の午前中のやるべき事を終えた。あとは冒険者ギルドからの「猛毒蛾の鱗粉」待ちだな。こればかりはどうしようもない。

 そもそもこの時期に取れるのか? ゲーム内には四季なんて存在しなかったのでその辺りがよく分からない。月齢はあったんだけどね。さすがにそこまで条件を厳しくすると、プレイヤーが離れるか。


 午後からは魔法の訓練である。いつものように的当ての訓練をする。訓練中は特にイジドルと話すことはない。訓練中によけいなおしゃべりは不要だと俺は思っている。


 しかし、そうは思っていない人もいるようだ。魔導師団長の息子のピエトロである。相変わらずドヤ顔で魔法を教えている。その周りには十人くらいの子供が集まっている。

 子供同士で教え合うよりも、指導官である魔導師団長から聞いた方がずっと自分の力になると思うんだけど。魔導師団長が強面だから話しにくいのかな?


 俺はそんなことは気にしないタイプなので、分からないところはどんどん質問していた。それにつられるように、イジドルも一緒に質問をしている。


「ユリウスとイジドルはよく分かっているな」

「魔導師団長は注意しないのですか?」

「良いのだ。ここにいる子供たちの全てが魔法に詳しくなりたいと思っているわけではないからな。親に言われて渋々来ている者もいるだろう。そんな子供たちに厳しくして、魔法に対して苦手意識を持たれると困るからな。私が親に怒られてしまう」


 そう言って笑う団長。それなら何でこんな場所で子供たちに魔法を教えているのだろうか。他の人に任せれば良いのに。そんな疑問が俺の顔に出ていたのだろう。団長が笑った。

 普段ほとんど見せない団長の笑顔に、イジドルが驚きの表情になった。ちょっと、失礼だぞ。


「たまに君たち二人のような、宝石の原石が現れるのだよ。そういう子供たちを早くから見つけて、基礎的な魔法を身につけさせつつ確保しておく。そうすれば旨味があるからな。そのためには私が顔になった方が良いのだよ。私がイジドルに『魔導師団に入ってくれ。期待している』と言えば、将来が確約されたようなものだからな」


 これは本気でイジドルを口説いているのかな? イジドルの笑顔も引きつっている。今の会話はどっちだ、そう思っているのだろう。喜んで良いのかどうか困っている。

 そんな俺たちを見て、再び笑う団長。


「もちろん今の言葉は本気だぞ。イジドルには期待している。私はイジドルが将来、魔導師団に入ってくれると信じているよ。できればユリウスにも入ってもらいたいのだが、辺境伯家では難しいか」


 何で俺が? 俺は目立っていないはずだぞ。他の人に合わせて魔法の練習をしているつもりだ。イジドルと同じく、魔法を省略して使ったりはしてるが。……やっぱりダメだった?


「難しいというよりも、私は将来、お婆様の意志を引き継いで魔法薬師になるので不可能ですね」

「そうか。そういえば、亡くなられた最高峰の魔法薬師はハイネ辺境伯家の出身だったな。それでは無理だな」

「えええ! ユリウスは本当に魔導師にならないの!?」


 ものすごくイジドルが驚いているな。何度か言ったことがあると思うんだけど、冗談だと思われていたのかな? 冗談ではない。本気だ。


「そうだよ。ここには魔法の訓練をするためだけに来ているからね」

「それじゃ、騎士団にも入らないの?」

「入らないよ?」


 おっと、これはアクセルも、俺が魔法薬師になることを信じていない感じだな? 妙なウワサが立つ前に、しっかりと理解させておかなければならないな。その辺りをしっかりと分からせておけば、ピエトロや騎士団長の息子のオビディオから変なやっかみを受けなくてすむだろう。


「ユリウスは騎士団からも目を付けられているのか? 剣も魔法も使えるとは、中々に貴重な存在だぞ。剣聖候補だな」

「やめて下さいよ、変なフラグ、じゃなかった、変なウワサを立てないで下さいよ。イジドルも分かっているよね?」


 努めて笑顔でそう言った。あ、イジドルの笑顔が引きつっているぞ。だがしかし、イジドルが了承するまで、この笑顔をやめないッ!


「わ、分かったよユリウス。ユリウスが剣聖候補だって話はだれにもしないから」

「分かってないだろ」


 ユリウスはプレッシャーを放った。効果はバツグンだ。イジドルの顔色が真っ青になったぞ。そして両手で口元を押さえながら必死に首を振っている。どうやらお分かりいただけたようである。


「その年でそれだけの覇気。もったいないな」


 ここにも詰まらないことを言う人がいたよ。頭が痛いわ。今が剣術の練習の時間じゃなくて良かった。絶対にオビディオからケンカを売られていたわ。あいつ、同年代で自分より強いヤツは許せないみたいだったし。


 それに比べると、自分の知識を回りに教えることに生きがいを感じているピエトロの方がまだマシだ。少なくとも、ケンカを売ってくることはないからね。もっと強力な魔法を使いたいとは言ってくるけど。


 そんな魔法を使ったらすぐに魔力が枯渇するぞ? 下手すりゃ死ぬんだから、ほどほどにしておいた方が良いのに。それにそんなに強い魔法なんて使うところないだろ。魔王と戦うとかじゃない限り。


「魔導師団長、魔力量を簡単に増やす方法ってないですか?」


 この話は終わり。俺は急な話題転換を試みた。実はアクセルの魔力量の伸びが悪いのだ。何とかしてあげたい。


「そんな方法があったら、私が教えて欲しいところだな」

「やっぱり地道に毎日魔法を使うしかないですか」

「そうだな。そして魔力制御を極めるのだな。そうすれば、消費する魔力量も減少する。そのための的当てだ。分かっているのはお前たちくらいだろうな」


 俺とイジドルを見て苦笑いする魔導師団長。俺たちが的当てでひそかに遊んでいることを知っているのかも知れない。だって、マジックアローでダーツするの、楽しいんだもん。

 いつかあの的を、ダーツボードに変えたいと思っている。マジックアロー・ダーツ。魔法が使える人の間で人気が出そうなんだけどな。

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