第189話 帰りたい、でも帰れない

 それからすぐにタウンハウスに戻った俺は、すぐにファビエンヌ嬢に向けた手紙を書いた。魔法薬の作り方はもちろん書いたが、それだけではダメだろう。それだと、単にファビエンヌ嬢を利用するだけのクズ男になってしまう。


 まずはクロエ様の婚約者が決まったことを書かなければいけないな。そしてそれに対して、俺が祝福していることを書かねばならない。そうすることで、俺がクロエ様のことを気にしていないことを対外的に示すのだ。


 あとは新しい男友達ができたことを書いておこう。それから王都の氷室がひどかったことも書いておく。これから改良するつもりだから、ファビエンヌ嬢のところにも必要だったら、領地に戻ったら同じものを作りますよと書いておけば、彼女も頼みやすいだろう。


 おっと、忘れるところだった。ファビエンヌ嬢が作った魔法薬はハイネ辺境伯家が責任を持って販売するから、一度ハイネ辺境伯家に送るように言っておかないと。それならお父様にも、その趣旨の報告が必要だな。これは手紙を書くのも一苦労だな。


「ずいぶんと精が出るね」

「お兄様、からかわないで下さいよ。こっちは真剣なんですから」


 ごめんごめんと言いながらも、ニコニコとこちらを見ているアレックスお兄様。お兄様の仕事は終わったのかな?

 俺が真剣なのは事実である。だって、書き損じたらまた最初から書き直さないといけないからね。修正液が欲しい。


「さっきお父様から手紙が来たよ。まだ領都で風邪は流行っていないみたいだけど、時間の問題だろうって書いてあった。今から準備しておけば十分に間に合いそうだよ」

「他の領地ではどうなるのでしょうか?」

「……そのうち広がるだろうね」


 うーん、ハイネ辺境伯領だけが優遇されて良いものか。あまり良くないとは思うが、開発者が俺だしな。飲みやすい風邪薬が欲しかったらハイネ辺境伯領で購入してね、とするしかないのか。風邪薬を特産品にする。いや、魔法薬を特産品にするか。将来に向けて考えておこう。


「お兄様、領都の魔法薬ギルドにも風邪薬と肺の病に効く魔法薬の作り方を教えておいた方が良いのではないでしょうか?」

「風邪薬は良いかも知れないけど、もう一つの方は少し待った方が良いかも知れない。これまで知られていなかった魔法薬なんだろう? 誤った使い方をして混乱するかも知れない」

「確かに」


 ありえるな。肺の病に効く魔法薬は、副作用として少しだけ肺を痛める。だがそれが積み重なれば、肺の機能の一部を永久的に失わせることになるかも知れない。

 魔法薬の使い方を指導する人が必要だな。今はまだその体制が整っていない。


「それではしばらくの間はファビエンヌ嬢に頑張ってもらうしかありませんね。……お兄様、領都に戻ってはダメですか?」

「万能薬の作り方は教えたのかい?」

「いえ、まだこれからです」


 考え込むお兄様。そうだよね、まだ国王陛下から頼まれた仕事を終えていないんだよね。それにまだ領都で流行病が広がっているわけじゃない。帰るにしても理由がない。


「ユリウス、そんなに落ち込まないで。領都で流行し始めたらすぐに、ユリウスを領都に戻すよ。それまでは与えられた依頼に専念して欲しい」

「分かりました。ありがとうございます」


 大丈夫、お兄様から言質を取った。俺は王都でやるべき事をするだけだ。ファビエンヌ嬢の手紙にも「領都で風邪が流行りだしたらすぐに戻る」と書いておこう。そうすれば、安心して事に当たってくれるはずだ。




 翌日は予定通りに登城した。なお、昨日はカインお兄様が帰って来ることはなかった。その代わり、改めて二人そろってお礼に来ると書かれた手紙が届いた。これはもう完全に決まったな。

 おめでとう、カインお兄様。俺もかわいいお義姉様ができてうれしい。ダニエラ様は王族なのでちょっと甘えにくいからね。ミーカお義姉様に甘えるとしよう。あの胸はけしからん。


「ユリウス先生、お待ちしておりましたよ!」

「え、何かありましたか?」


 王宮魔法薬師団の詰め所に到着すると、全員に詰め寄られた。一体、何事。

 話を聞いてみると、国王陛下より、急ぎ肺の病に効く魔法薬を作るようにとの指示があったらしい。


 なるほど、大体分かった。アレックスお兄様は昨日のうちに、ダニエラ様に魔法薬のことを書いた手紙を出したのだろう。きっと急ぎの手紙として出したはずだ。

 そしてその日のうちに、ダニエラ様から国王陛下に伝わった。そのまますぐに王宮魔法薬師団に指示が出た。しかしだれもその魔法薬の作り方を知らない。それで俺を待っていたわけだ。


「昨日頼んでおいた『猛毒蛾の鱗粉』は用意してありますか? あれが魔法薬の素材になります」

「準備はしておりますが、そもそもこれまで使われることがほとんどなかった素材ですから、数がそれほどありませんでした」

「お兄様に頼んで、冒険者ギルドで確保してもらっています。しばらくすれば数がそろうはずです。作り方を教えますから、今あるだけの材料で作りましょう」


 真剣な表情でうなずく王宮魔法薬師団の皆さん。いつの間にか、本当に俺がここのトップに立っているようである。ジョバンニ様はそのことを何とも思っていないのかな。

 気になってチラリと見ると、目を輝かせてこちらを見ていた。あの目は嫉妬の目じゃない。神様を崇めるような目だ。何だか教祖にでもなった気分である。これはこれで困る。


 さすがに全員分の量はなかった。それでも二人一組にすることで、何とか教えることができたと思う。ついでに共同作業で魔法薬を作るという体験をさせることができた。これは非常に大きな財産になるはずだ。


 これから教えることになる万能薬は一人で作るのは難しい。なぜなら、作るのに時間がかかるからだ。俺は『ラボラトリー』スキルで強引に時間を短縮して作りあげることができるが、他の人はそうはいかない。正攻法で作るしかないのだ。


 そうなると必要になるのが、交代しながら一つの魔法薬を作るという共同作業である。これはできれば同じくらいの能力を持った者同士を組み合わせた方が良い。その方が一定の品質の魔法薬を作ることができる。


 そのためには、ここにいる全員の能力を細かく見極めなければならない。今回の共同作業はそれに向けた、良い機会だった。もちろん、俺が近しいと思う人同士を組ませた。結果は上々のようである。

 元々、王宮魔法薬師たちの士気も高いし、問題はないと思っていたけどね。それが確認できて良かった。


「見て下さい、ユリウス先生! 良い品質だとは思いませんか?」

「ええ、素晴らしいですよ。私が作ったのと遜色ありません。これなら病気になった人たちにも喜んで飲んでもらえますよ」


 出来上がったピンク色の魔法薬に、みんなニッコリである。これまでの期間に、本物の魔法薬がどのようなものかをしっかりと理解できているようだ。

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