第188話 気になるあの子

 女子寮を後にした俺たちはそのまま生徒会室へと向かった。さすがにまだ情報収集は終わっていないだろうと思っていたのだが、生徒会役員たちは俺たちを待っていた。


「アレックス先輩、休んでいる生徒の様子を見てきましたよ。肺の病にかかっている人はまだいないみたいですね。風邪薬も飲んでいるようですが……どうもよほどに症状が悪いときにしか飲まないみたいです」


 苦笑している。きっとその気持ちが分かるのだろう。他の人も苦笑いだ。一人暮らしで風邪を引くと大変だろうな。

 貴族なら使用人がついているだろうけど、その使用人が風邪になったら大変だ。一人で何もかもやらなくてはいけなくなる。そんなこと、生粋の貴族には無理だろう。


「あの、使用人たちはどうなのですか? 学園には生徒以外にも働いている人はたくさんいますし、そちらの現状も気になります」


 俺がそう言うと、少し困ったような顔つきになった。どうやら想定外だったようである。これだから貴族は良くない。平民のことを考えない貴族はまだまだ多い。目の前の学生もそうなのだろう。


「これから調査します。まずは生徒の現状を確認した方が良いと思いまして」

「そうだね、引き続き調査を頼むよ。魔法薬は購買部で販売してるものを使っているんだよね?」

「基本的にはそうみたいですね。中には実家から取り寄せている人もいるみたいですが。どこで購入してもそれほど変わらないと思いますけどね」


 顔をしかめてそう言った。マズイ風邪薬はどこも一緒なのだろう。そうなると、俺たちが作った風邪薬がどうなるかだな。優先的に学園に卸すか? でもなぁ、それはそれで不公平な気がする。個人的には貴族を優先するつもりはないんだよな。孤児院にも配ったし。


「肺の病に効く魔法薬はユリウスたちが作ったものを使うとして、風邪薬をどうするかだな」

「と、言いますと?」


 わけが分からないのか、首をかしげながら聞いてきた。世の中に飲みやすい風邪薬が出回っているとは思ってもみないのだろう。

 確かに困ったことになりそうだ。注文が殺到しかねない。


「ユリウスが作った風邪薬は普通の風邪薬と違ってね。とても飲みやすいみたいなんだ。ついさっき、病にかかっている子に飲ませたんだけど、信じられないような顔をしていたよ」

「まさか、そんな風邪薬があるなんて……」

「お兄様、私が作っている魔法薬はお婆様から教わったものですよ。作り方が分かれば、だれでも作ることができます」

「そうだったね」


 意味ありげな笑顔。どうやらアレックスお兄様は薄々気がついているようである。さすがに鋭いな。でも俺が自白しなければ、本当のところを知ることはできないはずだ。今もお婆様からもらった魔法薬の本には作り方を追加している。いつでも「この通り、作り方が書いてありますよ」と言えるのだ。抜かりなし。


「アレックス先輩、その魔法薬を優先的に学園に回してもらうことはできますか?」

「それは私に頼むことではないね。ユリウス、どうだい?」


 気まずそうな顔をする生徒会役員。元生徒会長の威厳はかなり強いようである。その分、俺への配慮が欠けているようだ。まあ、十歳児に配慮するのはプライドが許さないのかも知れないが。


 年下の身分が高い人なんていくらでもいるぞ。今のうちからしっかりと年下への配慮を覚えておいた方がいい。アレックスお兄様は孤児院でもその姿勢を崩さなかったぞ。


「風邪で苦しんでいる人は王都にたくさんいると思います。学園だけ特別扱いするわけにはいきません。ですが、王宮魔法薬師団でも風邪薬を作っています。だから多少は学園にも回ってくると思います」

「ユリウスの気持ちは良く分かったよ。ユリウスの言うことはもっともだと思う。悪いけど、学園だけ特別扱いするわけにはいかないよ」


 とは言ったものの、孤児院はひいきしてるんだよね。まあ、あそこは貧しくて魔法薬を買えないだろうから、「貴族として当然の施しをしたまでだ」と言い張ろう。文句は言わせない。

 その後はいくつか相談をしてから生徒会室を後にした。これで先に手を打つことができたので、学園で死者が出ることはないだろう。あとは王都全体だな。いや、もしかして。


「お兄様、領都はどうなっているのでしょうか。もしかして領都でも流行病が広がっているのではないですか?」

「今は連絡待ちだよ。もうすぐ手紙が戻って来ると思う」


 さすがはアレックスお兄様。手抜かりはなさそうだ。どちらかと言えば、こちらに手抜かりがある。タウンハウスに戻ったらファビエンヌに手紙を書こう。そこに風邪薬と肺の病に効く魔法薬の作り方を書くんだ。

 ファビエンヌなら問題なくそれらの魔法薬を作ることができるはずだ。


「お兄様、学園での用も済みましたし、タウンハウスに帰りましょう」

「そうだね。そうしよう。あ、もしかして、アンベール男爵令嬢のことが気になった?」

「……」


 鋭いな。勘が鋭すぎるお兄様は警戒に値する。黙っていると怪しまれるかな。でもどうすればいいんだ。


「ごめん、ユリウス。からかうつもりはなかったんだよ。ただ、カインと同じように、ほほ笑ましいと思っただけさ。私にもそんな時があったからね」


 お兄様に謝られた。その目はどこか遠くを見つめていた。キャロリーナ嬢の姉であるヒルダ嬢のことを考えていたのかな? モテる男はつらいところがあるな。俺もそうならないように気をつけたいけど、すでに片足を突っ込んでいるような気もするけどね。


 俺は間違いなく、お兄様の弟だよ。カインお兄様が羨ましい。今頃乳繰り合っているのかな? いや無理か。さすがに女子寮で、しかも使用人がいるのにそんなことはしないだろう。してないよね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る