第187話 ぎゅうぎゅう

 正気を取り戻したラニエミ子爵令嬢は、自分の体がすっかり良くなっていることに気がついたようだ。その驚異の回復っぷりに驚きを隠せなかったのか、ベッドから出た。

 もちろん着ている服は寝間着である。たとえ晩秋用の厚手の寝間着とは言え、紳士が見て良いものではない。しかも、未婚の女性だ。紳士たる俺たちはそろって後ろを向いた。


「す、すみません、お見苦しいものを見せてしまって。すぐに着替えますので、少しの間、外でお待ちになっていただけませんか?」

「気が利かなくてすまない。カイン、ユリウス」


 アレックスお兄様に連れられて外に出た。お義姉様のスタイルがすごい。寝間着でも分かるほどに、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。


「カインお兄様、お義姉様はもう大丈夫ですよ。すぐに起き上がることができましたからね。孤児院で治した子もすぐにみんなと遊べるようになりました」

「ユリウスが作った魔法薬は本当に良く効くみたいだな。ケガをしたときのためにいくつか欲しいな」

「私もユリウスが作った魔法薬が欲しいかな。どうやらひどい味も臭いも無いみたいだしね」


 どうやらお兄様たちも俺が作った魔法薬が気になるようである。これは明日からしばらくの間、お兄様たちのために魔法薬を作らないといけないな。あ、お義姉様の分も必要だな。


「お待たせしました。どうぞ、こちらに」

「失礼するよ」


 ラニエミ子爵令嬢が部屋の中に案内してくれた。男連中が女性の部屋に入っても大丈夫なのかと思いつつも、断るわけにも行かずに中に入る。将来、親族になるわけだし、変な遠慮は要らないだろう。そう思うようにしよう。


 改めて部屋の中を見ると、ピンクや白で統一されていた。かわいらしいなと思いつつ、部屋に飾ってある剣を見つけた。一本ではなく、何本かあるな。部屋にちょっと似合わない感じがする。


「体に違和感はありませんか、お義姉様?」

「ありませんわ。何だか体が軽くなったような気分です」


 笑顔でそう答えた。ウソは言っていないようである。これで一安心だな。カインお兄様の方を見ると、少しずつ顔色が良くなっていた。良かった。


「本当にありがとうございます。これもユリウスちゃんのお陰ですわ」


 そう言ってお義姉様がぎゅうっと抱っこしてくれた。俺の顔が豊満な胸の間に押しつけられる。どうすれば良いのか分からず、動きが止まる。それでもなお、お義姉様はぎゅうぎゅうと押さえつけてきた。すごく良い匂いがする。スハスハしそう。


 きっとずいぶんと苦しかったんだろうな。それだけじゃない。もうダメかとも思っていたはずだ。カインお兄様を部屋に入れなかったのも、万が一の事を考えたのかも知れない。少しでも離れようとしていたのかも知れない。


 しばらく堪能してると、カインお兄様に「サービスタイムは終わりだ」と言わんばかりにベリッと引きはがされた。カインお兄様のほほが膨らんでいる。悔しそうである。でも俺がラニエミ子爵令嬢の命の恩人でもあるので、何も言えないようだ。


「お礼なんて必要ありませんよ。だって、私の未来のお義姉様ですからね」


 ニパッと笑顔で言うと、ようやく自覚したのか顔が赤くなった。先ほどからお義姉様と呼んでいたのだが、どうやら気がついていなかったようである。カインお兄様の顔もつられて赤くなっていた。


「ユリウスの言う通りだよ。何も遠慮することはないよ。さあ、ユリウス、二人の邪魔をしないように、私たちは退散するとしよう」

「分かりました。カインお兄様、病気を治療したとは言え、病み上がりであることには違いありませんからね。無理をさせないようにして下さい」

「何の話だよ」


 俺がニッコリとほほ笑むと、アレックスお兄様もニッコリとほほ笑んでいた。顔が引きつつカインお兄様。俺たちは部屋の外に出た。

 そのまま女子寮を出たところでアレックスお兄様が歩みを止めた。


「ユリウスは良くやってくれたよ。まさかあそこまで即効性のある魔法薬だとは思わなかった。あれなら、肺の病になった人たちをすぐに治すことができるね。風邪薬も似たような感じなのかな?」

「そうですね、風邪薬も同じです。でも風邪薬の場合は副作用がありませんので、続けて初級回復薬を飲む必要はありません」


 ふむふむ、とあごに手を当ててうなずくお兄様。元生徒会長としては、学園で流行りつつある病を何とかする手段がすでに手元にあることに、安心しているのかも知れない。


「ユリウスはその風邪薬をどうするつもりだい?」

「どうするって、すでに王宮魔法薬師団で作ってもらうように指示してますよ? 明日、登城したときに、肺の病に効く魔法薬の作り方も教えるつもりです。材料があればの話ですが」


 材料である「猛毒蛾の鱗粉」も集めるように言ってあるし、大丈夫だと思う。彼らの腕なら問題ない。もしかして、魔法薬の作り方を教えるのはまずかったかな? でもそんな話は聞いてないんだよね。


「もしかすると、ユリウスが作った魔法薬はこの国を救うことになるかもね」

「まさかそんな。……お兄様はこの流行病が全土に広がると思っているのですか?」

「可能性はあると思う。そして風邪から来る肺の病も少なからず広がることになる」


 あー、それはあまりよろしくないわ。風邪薬はすでに存在する魔法薬だから、ゲロマズ風邪薬でよければ普通に売ってると思うけど、肺の病に効く魔法薬はまだない。ある意味で俺が開発した魔法薬である。もちろん、お婆様から伝授してもらったものだと言い張るつもりだが。


「それなら素材の確保を冒険者ギルドにも頼んだ方が良いかも知れませんね」

「一体何が必要なんだい?」

「王宮魔法薬師団には頼んでいるのですが『猛毒蛾の鱗粉』が必要です。あとはセットで初級回復薬も使わなくてはなりません。絶対と言うわけではないですが、治りが遅くなります。完全に元気な姿になるには、二、三カ月かかると思います」


 お兄様と見つめ合う。お互いに引き締まった顔をしていると思う。

 今頃、カインお兄様は締まりのない顔をしているんだろうな。俺もそっちに行きたかった。


「分かった。冒険者ギルドには私の方から言っておくよ」

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