第186話 女神の秘薬、再び!

 あまりジロジロ見るのは良くない。十歳だから許されそうな感じではあるが、それに甘えていてはいけない。俺は無理やりそのメロンがついているような胸から目を外した。

 もしかしてカインお兄様、メロンに目がくらんだのでは? そういえば、ダニエラ様も大きかったな。お母様も。

 どうやら我がハイネ辺境伯の家系は巨乳ちゃんが好きらしい。それは俺も否定しない。


「そのままで。無理はしなくて良いよ。初めまして、カインの兄のアレックスだよ。こっちは弟のユリウス。それじゃ、早いところ治療を開始しよう。どうだい、ユリウス? 問題はなさそうかな」


 先ほどから何度も咳き込んでいるラニエミ子爵令嬢を『鑑定』スキルで見る。どうやら手持ちの魔法薬で治る程度の肺の病のようである。安心した。


「大丈夫です。持って来た魔法薬で問題なく治せますよ」


 俺の言葉にラニエミ子爵令嬢の顔が引きつった。どうやらここでも「魔法薬はゲロマズ」という常識がまん延しているようである。ならば俺が、その常識をぶっ壊す。

 ニヤリと笑うと、ラニエミ子爵令嬢の引きつけがさらにひどくなった。なんでだよ。


「大丈夫だよ、ミーカ。こう見えてユリウスは国王陛下から魔法薬師としての資格をもらっているからね」


 安心させるかのように背中をなでている。あれ、いつの間にその話が広がっているんだ? この感じだと、家族みんなが知っていそうだな。もしかしてロザリアも知っているのかな。不安になってアレックスお兄様の方を見ると、軽くうなずいた。


「カインにも話しておいたよ。もちろん、他言無用と言いつけておいたけどね」


 そう言ってカインお兄様の方を見た。すっかりと忘れていたのか、それともラニエミ子爵令嬢を安心させることで頭がいっぱいだったのか、カインお兄様はばつの悪そうな顔をしている。

 それを聞いたラニエミ子爵令嬢の顔色がますます悪くなっている。これ以上、追い詰めるのは良くないぞ。


「お義姉様、これが肺の病に効く魔法薬になります。孤児院で同じ症状の子を治したので、効果は間違いありません。孤児院の子供も飲みやすいように甘くしてあるので、心配はいりませんよ」


 ニッコリと笑いかけると、キョトンとした顔になった。その表情はずいぶんと幼く見えた。ロリで巨乳とか、カインお兄様も業が深いな。

 魔法薬を差し出すと、恐る恐るそれを手に取った。


「か、変わった色をしてますね」

「派手なピンク色だな」


 手元に来た魔法薬を二人が凝視していた。やっぱりピンク色は良くなかったか。次に作るときは色を変えようかな。でも子供用の飲み薬と言えばこの色なんだよね。

 恐る恐る封を開けて、中身と臭いを確認する。メイプルシロップのような甘い香りがしているはずだ。


「そ、それでは失礼して」


 ゴクリと唾を飲むラニエミ子爵令嬢。ずいぶんと魔法薬には嫌な思い出があるようだ。

 ラニエミ子爵令嬢は目をつぶって魔法薬を飲み干した。そしてすぐに目を見開いた。その様子をアレックスお兄様とカインお兄様が目を見張って見ていた。


「あ、甘いですわ。それも、ものすごく甘い」

「子供用に作りましたからね。お義姉様、続けてこの魔法薬を飲んで下さい」


 緑色の液体の入ったビンを手渡した。きっと見覚えがあるのだろう。ラニエミ子爵令嬢の瞳から光が消えた。


「これは?」


 恐らく何の魔法薬なのか知っているのだろう。でも一応、聞くことにしたらしい。カインお兄様と仲が良いと言うことは、ラニエミ子爵令嬢も剣術を学んでいる可能性が高い。たぶん、ケガをしたときに何度か飲んだことがあるのだろう。

 あの巨乳で剣を振るのか。ブルンブルンしてそう。


「それは初級回復薬ですよ。先ほどの魔法薬は副作用として、少しだけ肺を痛めることになるのですよ。それを回復させるために、続けてその魔法薬を飲む必要があるのです」

「初級回復薬」

「初級回復薬」


 カインお兄様とラニエミ子爵令嬢が声をそろえて言った。その声には抑揚がなかった。まるで人生が終わったかのようである。これはフォローをいれないといけないヤツだな。


「その初級回復薬も私が作った特別仕様なのですよ。先ほど飲んでもらった魔法薬よりも甘さは控えめですが、それでも飲みやすいですよ」

「甘さ控えめの初級回復薬」

「甘さ控えめの初級回復薬」


 二人が声をそろえて言った。すでに息がピッタリのようである。これはこれですごいぞ。どうやら相当相性が良いみたいである。


「ふーん、それなら一度、私も飲んでみたいかな。ユリウスが作った魔法薬は飲みやすいって騎士団でも評判みたいだからね」

「ケガしたときに飲んで下さい。元気なときに飲むのはもったいないですからね」

「しっかりしてるね、ユリウスは」


 アレックスお兄様が苦笑している。その一本で救える命があるかも知れないのだ。必要ないのに魔法薬を飲むべきではない。材料だってタダではないのだ。タダ同然だけど。


「ユリウスちゃんの言う通りにしますわ」


 意を決したかのようにそうつぶやいた。それを心配そうにカインお兄様が見守っている。

 どうやら俺が「お義姉様」呼びをしたことで、短期間でフレンドリーな関係を築くことに成功したようである。俺の魔法薬を信頼してもらうためにも必要だったし、俺もお義姉様と仲良くなりたかった。


 本人たちはまだ気がついていないようだが、すでに咳は治まっている。ほんと魔法薬は怖いほど即効性があるな。だからこそ価値があるとも言える。

 お義姉様が再び目をつぶって一気に飲み干した。実に良い飲みっぷりである。飲み終わると、手に持っていたビンを、角度を変えながら何度も見ていた。あの、ビンに仕掛けはありませんよ。


「今まで飲んでいた初級回復薬は何だったのかしら」


 つぶやきが切ない。カインお兄様もその様子に困惑している。マズくない初級回復薬など、考えられないのかも知れない。


「ユリウスちゃん、もしかしてさっきの魔法薬は『女神の秘薬』だったりするのでしょうか?」

「しませんからね? ただの初級回復薬です」


 ただの初級回復薬、そうつぶやくと、ラニエミ子爵令嬢はしばらくの間、空になったビンを見つめていた。どうやら思考回路がショートしてしまったようである。そこまで衝撃的だったのか。

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