第184話 先手

 馬車が学園の前に到着したようである。馬車の扉がノックされ、やって来た警備員らしき人にお兄様が学生手帳を見せている。そんなものがあるんだ。初めて見たぞ。

 それが終わると、馬車が再び動き出した。


「学生手帳があるんですね。初めて見ました」

「これが学園の生徒であることを証明してくれるんだよ」


 そう言って学生手帳を見せてくれた。どうなっているのかは分からないが、顔写真らしきものがついている。この世界にカメラなんてあったっけ?


「お兄様、この顔の絵はどうなっているのですか?」

「ああ、それね。初めて見たら驚くよね。それは専属の画家が描いているんだよ。良く似ているだろう?」


 まさかの手描き! 確かに良く似ている。画家の技術、半端ねえな。これならお見合いようの釣書にだまされるようなことはないだろう。……いや、意図的に良く描いてもらうこともできるのか。


「すごいですね、驚きました。てっきり見たままを写し出す魔道具があるのかと思いましたよ」

「なるほど、見たままを写し出す魔道具か。そんなものがあったら面白そうだよね」

「あ、でもそんなものがあったら、画家の仕事が無くなっちゃいますね」


 この世界の画家を守るためにも、カメラの魔道具は作ってはいけないな。肝に銘じておこう。

 そうこうしているうちに、学園の停車場に着いたようである。馬車が停車し、ドアが開いた。


「ここから生徒会室までは少し距離があるけど大丈夫かい?」

「大丈夫ですけど、学園の生徒ではない私がウロウロしていても良いのですか?」

「大丈夫だよ。たぶん」


 たぶんって。どうやらアレックスお兄様は元生徒会長にもかかわらず、学園の決まり事は普通に破っていくスタイルのようである。それともあれか、だれにも文句は言わせないパターンなのかな?


 邪魔にならないようにお兄様の後ろにピッタリと付いて行く。お兄様の顔は学園中に知れ渡っているみたいだ。そのお陰で、お兄様を見た後に、後ろの俺にも視線が来る。

 目立つな、これ。カインお兄様の婚約者を見に行くのは失敗だったか? でも症状が気になるのは確かなんだよね。


 生徒会室の扉は他の扉とは違い、黒っぽい色をしていた。木製なのにものすごく重そうな感じである。これは入るのに勇気がいるな。そのせいなのか、付近に生徒の姿は見えなかった。


 軽くノックをしてからお兄様が部屋の中に入って行く。それに続いて俺も入った。室内には三人の男女の姿があった。入って来た俺たちを見て、驚いているようである。


「やあ、みんな。元気そうだね」

「生徒会長……じゃなくてアレックス先輩、どうしたんですか? それにそちらの小さいアレックス先輩はもしかして」

「うん。私の弟のユリウスだよ。ちょっと所用があって連れてきたんだ」


 マジマジとこちらを見つめる三人。小さいアレックス。俺ってそんなにお兄様に似ているのか。自分では全く違うと思っていたんだけど。


「初めまして。ユリウス・ハイネです」

「初めまして。ウワサは聞いていますよ」


 どんなウワサか気になるが、お互いに挨拶を交わし、そのまま部屋の中央に置かれている、重厚感あふれるテーブルに座った。年代物のようである。磨き上げられてピカピカを光っている。


「この学園で風邪の症状の生徒はどのくらいいるのかな?」

「クラスに一人か二人、といったところですね。やはりアレックス先輩も気になっていたんですね」

「まあね。その中で症状が悪化している人はいるのかな? 私は一人知っているけど」


 目の前に座る三人が目を見開きながらお互いに顔を見合わせあった。だれからも答えがないところを見ると、初めて聞く話のようだ。


「すみません。休んでいる生徒の症状については調べていませんね」

「そうか。実家から通っている生徒ならまだしも、寮生活を送っている生徒については調べた方がいいね。どうもこの風邪は肺の病を引き起こす可能性があるみたいなんだ」


 部屋の中に沈黙が下りた。三人の顔がこわばっている。まさかの事態なのだろう。そしてこの三人にとっては、肺の病を治す魔法薬などないものと思っていることだろう。


「まあ、その肺の病を治す魔法薬はすでに存在するんだけどね。ただ、制作者本人が、もしかしたら違う病じゃないかと心配してるんだ」


 そう言って俺の方を見た。今度は三人そろって驚愕の顔になった。顔が忙しそうである。それにしても、どうしてお兄様はその事をこの三人にほのめかすんだ? 騒ぎを起こしたくないはずだよね。


「それでユリウス君をここまで連れてきたんですね。分かりました。私がユリウス君に学園見学の許可証を出しておきますよ。それがあればいつでも自由に学園に出入りすることができますからね。それで、その魔法薬は?」


 なるほど、どうやらお兄様は俺が学園内でウロウロしていても問題がないよいうに手を打ちたかったようである。それとも、今後、患者が増えたときに、学園に俺を派遣しやすいようにしたかったのかな? どうやらこっちの方が可能性が高そうだ。


「残念だけど、今、手持ちにあるのは肺の病に効く魔法薬が一つだけだね。でも必要があるなら、ユリウスが追加で風邪薬も作ってくれるはずだよ」


 お兄様がこちらを見ている。まあ、問題はないかな。

 恐らくこの話はお兄様を通してダニエラ様に伝わり、そこから国王陛下の耳に届くはずだ。そうなれば、当分の間は風邪薬と肺の病に効く魔法薬を作ることになるだろう。


「できる限り協力させていただきます」

「アレックス先輩に似てしっかりしてますね」

「そうかな? まあ、昔からユリウスは子供っぽくないところが多かったからね。あまり私が遊んであげられなかったことも原因なのかも知れないね」

「そんなことはありませんよ」


 クスクスと笑う三人。重苦しくなっていた部屋の空気が少しだけ軽くなったような気がした。こうやってお兄様はその場の空気をコントロールしていたんだな。元生徒会長はだてじゃない。


「それじゃ、一端失礼するよ。こちらの用事が終わったら、またここに戻って来るよ」

「分かりました。それまでに、生徒たちの現状確認と、学園見学許可証の準備をしておきます」

「頼んだよ。かわいい後輩たち」


 そう言って席を立った。俺も慌てて席を立つと、三人に一礼してからお兄様の後を追いかけた。次はカインお兄様のところだな。個人的にはここからが本当の戦いである。

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