第176話 ゴールドパス
その後もいくつか今日の予定を話している間に朝食の時間は終わった。最後に気になっていたことを聞いてみた。
「お兄様、カインお兄様は元気に過ごされているでしょうか?」
「ああ、カインね。元気みたいだよ。なぜだか分からないけど、来年度の剣術大会を、年に一回から、二回、三回と増やそうとしているみたいだよ。剣術クラブのメンバーを通して支持を得ようとしているらしい」
「ソッスカ」
「ユリウス、カインの行動に何か心当たりはないかな?」
あ、いつもの笑顔だけど、笑顔じゃない顔だ。どうする? ここは正直に話しておくべきだろうか。いずれカインお兄様が「ユリウスが言った」って言いそうだし、先に話しておこう。
「じつはお兄様……」
俺はことの次第を話した。別にカインお兄様を煽るつもりはなかった。生徒会に興味を全く示さないカインお兄様の目を、将来に備えて少しだけ向けさせようと思っただけだとも伝えた。伝わったかどうかは分からないけどね。
「なるほどね。カインが武術だけでなく生徒会に興味を持ってくれるようになったことはありがたいけど、その理由を聞くとちょっと先行きが不安になってきたよ。まあ、そのときは私は学園にいないし、どうなっても関係ないと言えばそうなんだけどね」
うーんと考え始めた。学園が武闘派の学園になることを懸念しているのかも知れない。そしてどうやらそれは困るようである。それなら対抗派閥を作るしかないな。
「今のうちから学問派や魔法派、芸術派の派閥を支援しておくべきかも知れませんね」
「そうだね。そうなんだけど、良くそんなことを思いつくよね?」
「え? それは私も友達から話を聞いて、見聞を広げてますからね」
ハハハと笑った。もしかしてまずい発想だったか? 確かに学園にも通っていない子供が派閥を気にするなんて、おかしな発想だったかも知れない。
ジットリとこちらを見ていたお兄様は何かを思い出したかのように、使用人に何かを言った。使用人がすぐに一枚の金色のカードを持って来た。
「ユリウス、先日話していた王城への入門許可が下りたよ。これがその入門許可証だ。それを見せれば特に手続きをすることなく、王城内に入ることができるよ。とても大事なものだから、絶対になくさないようにね」
「どのくらい大事なものなのですか?」
「そうだね、それを持っているのはユリウスを除けば王族だけだよ」
なにそれ嫌だ。今すぐこれを返上したい。でもこれがないと、国章を掲げた馬車がここまでやって来る。これ以上ウワサになる前に、それだけは何とかしたい。
「謹んでお預かりいたします」
「あとそれがあれば、王城内の全ての施設が使えるみたいだから、うまく使うんだよ」
「ハイ」
どうしたもんかしら、これ。
ゴールドパスの効果は絶大だった。ハイネ辺境伯家の馬車で城門まで行き、高位貴族専用の受付に向かう。そこでゴールドパスを見せる。守衛が驚く。そのまま通過する。実にスピーディーである。それなりに注目は集めたが。
次からはすぐに城内に入らずに、持ち物検査が行われているかのようにモタモタしよう。
停車場に馬車を止めて王宮魔法薬師団の詰め所に向かう。昨日、しっかりと言い聞かせておいたので迎えの人はいなかった。だが、こちらを心配そうに見つめる視線はあった。
これなら迎えに来てもらった方が良いのかも知れない。だれか一人に来てもらうようにしよう。きっとだれが迎えに行くか揉めるんだろうな。
これからしばらくの期間は、昨日話したように魔法薬作成の訓練期間にする。そのため、俺も多少は自由に魔法薬を作ることができるだろう。風邪が流行りつつあるみたいなので、風邪薬でも作っておこうかな? シロップを入れた激甘の薬にすれば、子供たちも喜んで飲んでくれることだろう。
「ユリウス先生、今日はどうしますか?」
「初級回復薬を作りながら工程の確認と、余裕があるなら解毒剤を作ってみてはどうですか。どちらもあって損はない魔法薬ですからね」
納得したのか、みんながそろって作業を開始した。俺もみんなの様子を気にしながら魔法薬を作るとしよう。
風邪薬は薬草と毒消草から作ることができる。解毒剤と似たような作りだが、どちらの素材も少量で作成することができる。俺はそれに蜂蜜や水飴を加えようと思っている。
本当は滋養強壮のためにロイヤルゼリーを配合したのだが、あいにくロイヤルゼリーの存在は知られていないようである。春になったら探しに行ってみようかな? キラービーの巣なんかにあるのではなかろうか。
順調に風邪薬を作りながらふと思った。風邪とよく似た症状に肺炎とかもあるよね。もし子供たちが肺炎にでもなれば命に関わるかも知れない。ここは肺炎にも良く効く魔法薬を作っておくべきではなかろうか。
そのためには猛毒蛾の鱗粉が必要だな。氷室っぽい素材置き場の中にあるかな?
「氷室に行って来ます」
「ユリウス先生? 必要な素材があるのなら私が取ってきますよ」
「いえ、大丈夫です。皆さんは引き続き、しっかりと練習をしておいて下さい。慣れてきても、一つ一つの作業をおろそかにしてはいけませんよ。常に目の前のことに全力を尽くすように」
「はい」
これでよし。慣れてきて、知らず知らずのうちに手を抜くのが一番良くない。何が悪かったかの原因がつかめなくなるからね。念のため調合室内を一回りしてから氷室に向かった。
使用人がしっかりとついてきているので一人でも問題ない。俺についている使用人は、ただ者じゃないみたいだし、俺もただ者ではない。たぶん忍者だと思う。
「これはユリウス様。氷室をご利用ですか?」
「うん。ちょっと中を見させてもらうよ」
「もちろんですとも。明かりをつけますね」
氷室の出入りを管理している兵士が明かりをつけてくれた。少し冷たい風が開いた扉の向こう側から伝わってくる。うん、やっぱりこの氷室はまずいと思う。「うお、冷た!」くらいの温度でないとあまり意味がない。
氷室の中を動き回り、素材を確認していく。そういえば氷室にどんな素材が入っているのかは聞いたことがなかったな。だれか管理している人がいると思うんだけど。そうなると、勝手に持ち出すのはまずいだろう。あとで聞いておこう。
昨日話していたように、確かに万能薬の素材はあと二回分ほどあった。素材の質は最低だが、ないよりかはずっといい。そのうち上級回復薬と強解毒剤の素材も良いものに切り替えたいな。そうすれば、もっと飲みやすい魔法薬になるはずだ。
うーん、何だか良く分からない素材もあるな。カッパの手? 一体これは何に使うんだろうか。あ、ツチノコの抜け殻があるぞ。存在していたのか。
そんな発見がありつつも、お目当ての猛毒蛾の鱗粉を見つけて調合室へと戻った。
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