第175話 学園生活は大変そう

 アクセルが座るとすぐにお茶が運ばれてきた。使用人の間ではアクセルも俺の友人としてしっかりと認識されているようである。アクセルはお菓子をつまみながら、美味い美味いと言っていた。


「明日は剣術の練習の日か。帰ったらしっかりと体を伸ばしておかないといけないな」

「待ってました! 今日なんて退屈でつまらなかったぜ」

「おいおい、騎士団長との訓練を退屈とか、つまらないとか言って大丈夫なのか?」


 この話が騎士団長の耳に入ったら怒られるんじゃないか? 特にその息子のオビディオの耳に入りでもしたら、目をつけられるだろう。


「そっかぁ。そうだったね。明日はユリウスがいないんだ」

「おいおいどうした? ユリウスにへなちょこにされたのに、まだ一緒に魔法の練習をしたいのか? もしかしてお前……」

「ユリウスと一緒に練習すると、すごく自分が強くなったような気がするんだ」

「イジドル、お前もか」


 お互いに見合ってうなずき合っていた二人が、こちらへと目を向けた。

 いやぁ、何だろう。そんな師匠を見るような、尊敬のまなざしを向けられても困るんだけど。俺は気がつかない振りをしてお茶とお菓子を口にした。


 そのあとはお互いに情報交換をしてから家に帰った。平民の情報が手に入るのはありがたい。最近徐々に寒くなってきているので、風邪が流行ってきているそうだ。手洗いとうがいをしっかりするようにとアドバイスをしておいた。


 孤児院の子供たちにも伝えておいた方がいいな。次のお休みの日には孤児院に行くことにしよう。貴族の友達が増えれば、お茶会とかに誘われて、そっちに行くことになるのだろうが、俺にはこっちの方が向いているな。肩に力が入らなくてすむからね。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ、ユリウス坊ちゃま」

「アレックスお兄様はまだ帰ってないみたいだね」


 俺を出迎えてくれたのは家令だった。今日は帰りが遅くなるって言ってたかな?


「本日は新しい生徒会役員を選出する日なのですよ。そのため引き継ぎなどが行われており、帰りが遅くなっているのではないでしょうか」


 顔に疑問が出ていたかな? 気を利かせて教えてくれた。


「そっか。それじゃ疲れて帰って来るお兄様に負担をかけないようにしないといけないね」


 そう言って俺はチラリと使用人たちを見た。負担になるような報告はしないでねの合図である。あ、目をそらしやがった! これは何か報告するつもりだな。今日は別に何も問題を起こすような行動はしていなかったと思うんだけど。


 夕食も終わったころになって、ようやくお兄様が帰ってきた。その顔はずいぶんとお疲れのようである。


「お帰りなさいませ」

「ただいま、ユリウス。良い子に……おとなしくしておいたかい?」


 どうして言い直したんですかね、お兄様? 良くないけど、まあいいや。いつの日か信頼を勝ち取れるように頑張ろう。


「良い子にしてましたよ。生徒会のお仕事は今日で終わりなのですか?」

「大体のことは終わったけど、まだやり残したことはあるかな。どうしてだい?」

「お兄様もそろそろ最終試験に向けて準備するころなのではないかと思って」

「そうだね。私もユリウスに心配をかけるようになってしまったか」


 眉を曲げながらほほ笑むお兄様。あ、もしかして、俺に言われたくなかった? ちょっとムッとしていると、お兄様が使用人たちを呼んだ。


「今日の報告は明日受けるよ。今日はご苦労様」


 お兄様の言葉に頭を下げる使用人たち。こうやって使用人たちの心を掌握していくんだな。ちょっと勉強になったぞ。

 どうやら夕食はすませているようである。あとはお風呂に入って寝るだけなのかな? いや、試験に向けた勉強をするはずだ。学園生活も大変だな。


 俺もこれ以上の負担をかけないようにするため、自室にこもることにした。とは言っても、特にすることがないんだよね。何をしよう。イジドルの魔法訓練の方法を考えようかな? もっと効率の良いやり方を考えないと、今のイジドルの魔力量では練習時間が限られてしまう。自分の魔力量を基準にするのはダメだな。


 まずはイジドルの魔力量を増やす。そしてマジックアローを無意識に使えるようにする。それでイジドルに自信をつけさせる。そうすれ、そのあとの魔法の練習が捗るだろう。

 そう考えた俺はイジドルのために新しい魔法の訓練方法を考えたりしながらその日を終えた。




「おはようございます、お兄様」

「おはよう、ユリウス。今日も元気そうだね」

「はい。お兄様は、ちょっとお疲れのようですね」


 目の下にクマがある。思わず苦笑いしてしまった。本当に学園生活は大変そうだ。学生も楽じゃない。俺につられてお兄様も苦笑いしている。


「ユリウスもそのうちこうなるよ」

「嫌だなぁ、それは」


 お互いに声を出して笑った。陰気としていた空気が一気に晴れた。お兄様の顔に明るさが戻ったような気がした。


「今日は確か剣術の練習の日だったね。順調なのかい?」

「特に問題はありませんよ。友達もできましたし、一緒に練習してます」

「話は聞いているよ。確か、アクセル・ホルムクヴィストだっけ。あそこの家は代々、部隊長を輩出している名門だからね。ユリウスもなかなか人を見る目があるみたいだね」


 うれしそうである。そんなお兄様も悪い友達がいるという話は聞かないので、人を見る目があるのだろう。カインお兄様はどうなのかな? うまい具合にミーカ・ラニエミ子爵令嬢を捕まえていたので、見る目はありそうな気がする。野生の勘なのかも知れないが。


「そうだ、お兄様、次のお休みの日に孤児院に行こうと思ってます。よろしいでしょうか?」

「それは構わないけど、何かあったのかい?」

「えっと、王都で風邪が流行りつつあるみたいなので、その注意に行こうかと思っています。そのときに、いくつか石けんを持って行こうと思っています」


 うんうんとうなずくお兄様。どうやら納得していただけたようである。


「分かったよ。石けんについては私が責任を持って手配しておくよ」

「ありがとうございます」

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