第177話 肺の病に効く魔法薬

 調合室に戻った俺はすぐに魔法薬の作成に入った。おっと、その前に素材のことを聞かないと。


「ジョバンニ様、氷室の中の素材はだれが管理しているのですか?」


 俺の質問にグルリと周囲を見渡すジョバンニ様。みんな目を合わせない。これはアカン。だれも管理してないヤツや。ずさん過ぎる! だからだれも氷室の性能を問題視しなかったのか。


「なるほど、だれも管理していないようですね」


 俺の声にビクッとなる王宮魔法薬師たち。みんな俺と目を合わそうとしない。ヤレヤレだぜ。ここから始めなければならないのか。必要な素材は何でも買ってもらえるという体制は、どこの組織でも無駄遣いが多くなるようだ。

 市民の血税を何と心得る。ここは引き締めなければならないな。


「分かりました。それでは明日までに横線の入った紙と、素材のランクが書かれた素材表をそろえておいて下さい。それを元に『魔法薬素材台帳』を作ります」

「魔法薬素材台帳」

「そうです。それにどんな素材があるのか、いつ購入したのか、だれが何に使ったのかを書くようにしてもらいます」


 みんなの顔が強張っているが、他ではどこもやっているぞ、たぶん。少なくとも、俺はやっている。俺がジッと見ていると、みんな頭を下げて了承してくれた。まずは第一歩だな。これは年末の棚卸しも徹底させなければならないな。


 今回の社交界シーズンの間に何とか成し遂げなければと思いながら、肺の病に効く魔法薬の作成に入った。この魔法薬を作る上での問題はただ一つ。猛毒蛾の鱗粉の品質があまり良くないことである。


 どうすっぺかな。このまま使うと品質が普通の、あまりおいしくない魔法薬になってしまうぞ。乾燥させて、蒸留水に溶かして、猛毒成分だけ抽出してみるか。蒸留水の品質がうまく相互作用を及ぼせば、品質が向上するかも知れない。


 少しでも飲みやすい魔法薬を作るべく、猛毒成分を抽出する。この作業はうまく行ったようで、品質が普通になった。よしよし、これなら高品質の魔法薬が作れるぞ。

 そのまま風邪薬と似たような作り方で「肺の病に効く薬」を完成させた。


 この薬は多少、肺に負担をかけることになるので、初級回復薬と併用するのが普通である。「肺の病に効く薬」と「初級回復薬」のコンボで初期の肺炎なら簡単に治すことができるぞ。やったね。あ、激甘の初級回復薬も作っておかないと。


「あの、ユリウス先生、その魔法薬は一体?」

「これは子供向けの風邪薬ですよ。近いうちに孤児院に行こうと思っていまして、そのときに渡そうと思っています」

「なるほど、風邪薬ですか。ユリウス先生が作った風邪薬なら、子供たちも喜びそうですね。……あの、飲んでみても良いでしょうか?」


 え、元気なのに風邪薬を飲むの? どうしようかなぁと思っていると、他の人たちも集まりだした。これは風邪薬一本を犠牲にして、この場を収めた方が良いのかも知れない。


「子供たちに差し入れするものですから、そんなには渡せませんよ。この一本をみんなで少しずつ飲んで下さい」


 風邪薬一本を手渡した。それをだれかが持って来たスプーンに取り分けた。スプーンの上にはピンク色の濁った液体がそそがれている。子供たちが喜んで飲んでくれるようにピンク色にしたのだ。オレンジ色でも良かったのだが、こちらの方がなじみがあった。

 恐る恐るそれを口にする王宮魔法薬師の皆さん。


「あ、甘い」

「何という甘さだ」

「これなら子供たちも喜んで飲んでくれますよ。私が子供のころにあったら良かったのに」


 口々にそういうと、顔をほころばせた。これでおいしくて、飲みやすい魔法薬を作ることが大事だということを理解してもらえたはずだ。ゲロマズ魔法薬はよほどに追い詰められなければ飲まれないのだ。




 風邪薬を完成させ、ついでに王宮魔法薬師たちに魔法薬の新たな一面を見せることができた。あのあとみんな張り切って作業を再開した。ずいぶんと気合いが入っていたので、きっとこれからどんどん品質の高い魔法薬が作られることだろう。楽しみになってきたな。


 俺はルンルン気分で午後からの剣術の練習へと向かった。しかし向かった先は何だか険悪な雰囲気だった。どうした、何があった。厄介事ですかね? それなら俺は帰ってもいいですかね。


「いい加減にしろ。お前たちはまだ未熟者だ。だれが強い、だれが弱いなど、気にする段階ではない。そんなくだらないことを考える暇があったら、訓練に励め」


 指南役の騎士団長が怒っているようである。どうやらだれかが「おれつええ」アピールをしたようである。そんなことをしても目立つだけだぞ。あ、目立ちたいのか。


 俺が到着したあとからも何人かの子供たちが訓練場にやって来た。全員が集まったところで本日の訓練が開始された。いつものように準備運動と走り込みからだ。

 走りながら何があったのかをアクセルに聞いた。


「またアイツがこの中で自分が一番強いと言いだしたんだよ」

「アイツって、騎士団長の息子のオビディオか」

「そうだ。こんなレベルの低いヤツらと一緒に訓練できないだとさ」

「左様ですか」


 思わず鼻で笑いそうになってしまった。危ない危ない。

 どうせ家に帰ったら父親の騎士団長から手ほどきを受けているんだろう? それなのにまだ自分の強さをアピールしたいのか。一度、騎士団の練習に加わってみればいいのに。自分より強い騎士がたくさんいることに気がつくだろう。


「昨日、勝ち抜き方式の試合をして優勝しているからな。それでだれも相手にならないと思っているみたいだ」

「アクセルも戦ったの?」

「まあな。負けたけど」


 その顔はとても悔しそうである。家に帰ってからも鍛錬しているみたいだからな。強さアピールしたいのはオビディオだけではないのかも知れない。


「ユリウスと戦ったらどっちが勝つかな?」

「そりゃオビディオでしょ。貴族のボンボンの俺が勝てるわけないよ」

「それもそうかー」


 前を向き、遠い目をするアクセル。どうやら本気でそう思っているらしい。まあ、間違いなく勝てるんですけどね。しないけど。

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