第172話 一人歩きするウワサ

 帰りの馬車は貴族向けの普通の馬車にしてもらった。昨日は帰りも国章が掲げた馬車だったので、当然のことながら注目を集めていたはずである。

 すでにウワサが広がっている。これ以上、変なウワサが広がらないようにするべきだと使用人を説得して何とか変えてもらった。


 無事にタウンハウスに帰り着いた俺は、すでに家に帰ってきていたアレックスお兄様にそのことを話した。

 お兄様も初めて聞いたようで、ビックリしていた。


「もう女性の間ではウワサになっているのかい? 本当に油断も隙もないな。ダニエラ様にはできる限り騒ぎにならないようにして欲しいと頼んでいたんだけどね」


 お兄様が思わず苦笑いしているところを見ると、予想外にウワサが広がるのが早かったのだろう。


「私が一人で手続きができるようになれば、ハイネ辺境伯家の馬車で行くことができるようになると思うのですが」


 うかがうようにお兄様を見ると、腕を組んで考えていた。やっぱり難しいのかな?


「分かったよ、ユリウス。すぐには無理だと思うが何とかしよう。私もこのままではまずいと思っていたからね。ユリウスはしっかりしているから大丈夫なはずだよ。私はユリウスを信じているから。ところで、今日は何か問題を起こさなかったかい?」

「……」


 言ってることが違うじゃん! 信じるって言いながら、問題を起こしていないか聞くだなんて。もしかしてこの場合は俺が問題を起こすことを信じているってことなんですか? どうなんですかお兄様。


 その後、使用人が呼び出されて、何やらお兄様の部屋で話し合っていた。

 一体何について話したのだろう。気になるな。お兄様に報告する前に、あの手帳を見せてもらいたいところである。


 夕食を食べながら、本日の反省会である。もしかしてこれが毎日の日課になるのだろうか。おいしいはずの夕食の味がしなさそうである。


「ユリウス、王宮魔法薬師たちがユリウスと『血の契約』を結ぼうとしたと言う話は本当かい?」

「ブフォ!」


 思わず吹き出した。慌てて使用人がタオルを持って来てくる。本当だけど、俺が強要したわけじゃないからね? 一体どんな報告をしたんだ。

 思わず使用人の方をにらみつけたが、誰一人として俺に視線を合わせることはなかった。自覚はあるようだ。


 その後も次々とお兄様から指摘を受け、その日の夕食に何を食べたのか、まったく覚えていなかった。そして氷室の作成についてはお兄様から待ったがかかった。まずはダニエラ様に相談して、そこから国王陛下に話が行くことになるらしい。

 うーん、ちょちょいと改造するだけのつもりだったのに、大事になりそうだぞ。またアレックスお兄様からお父様への手紙が厚くなりそうだ。


 まったく味がしなかった夕食を食べ終わり部屋に戻る。一人反省会をするつもりはまったくなかったけど、どうしてもそちらの方向に進んでしまう。


「どうしていつも、こうなってしまうんだ。運が悪いのかな。それとも、運命に翻弄されている?」


 机に突っ伏しながら、つぶやいた。だれからも返事は返って来ない。この部屋には自分以外にはだれもいないのだ。ちょっとセンチメンタルな気持ちになっているのかも知れない。


「みんな領地で元気にしてるかな。なんで俺だけ」


 万能薬の作り方を国に流すべきではなかったか? だが俺一人が万能薬の作り方を知っているという状況は危険だ。万が一そのことが外に漏れれば、俺は狙われることになるだろう。毎日、おびえながら暮らさないといけなくなる。


 その点、国が作り方を知っていることになれば、俺が目を付けられる可能性はずっと少なくなる。国は万能薬の作り方を「王宮魔法薬師が発見した」ことにしてくれている。そしてこのことは国家機密になっている。外に漏れることはまずない。王宮魔法薬師が裏切らない限りは。


 王宮魔法薬師団の部屋に出入りしていることはいずれ発覚するだろう。しかしそれでも、俺が高位魔法薬師の孫であることが分かれば、将来有望な魔法薬師を早くから育てているのだと理解されるだろう。


 本当は俺が教えている立場なのだが、外からではそれは分かるまい。何も問題はないはずだ。

 そのうち王宮魔法薬師たちも万能薬を作れるようになる。そうなれば、俺への注目度もますます低くなるはずだ。


「まあ、なるようにしかならないよなー」


 返事がない。ただただ寂しい。やっぱりミラを連れてくれば良かった。ミラのぬいぐるみでも作って、慰めてもらおうかな。




 朝食を食べ終わり、出かける準備を整えると、それを見計らったように国の紋章がついた馬車がタウンハウスへとやってきた。あまりの見事なタイミングに、どこかで監視されているんじゃないか説を提唱したい。


 アレックスお兄様はすでに学園へと出発していた。後ろ髪を引かれるかのように俺のことを心配していたが、そう何度も問題を起こしてたまるか。お兄様に「信じて下さい」と言って、何とか送り出した。朝から疲れるわ。


 馬車に乗り込んで王城へ向かうが、注目度がすごい。分厚いカーテンが窓にはかかっているので俺の姿は見えないだろうが、カーテンの隙間から見ると、みんなが注目している。

 居心地が悪い。早く辺境伯家の馬車で登城できるようになって欲しい。


 王城の昨日と同じ場所で馬車を降りると、これまた同じように王宮魔法薬師が数人、迎えに来てくれた。本当はやめて欲しいんだけど、これが忠誠度の高さだと思えば無理やりやめさせない方が良いような気がする。


 俺は何とも言いがたい感情に駆られながら王宮魔法薬師のみなさんが待つ部屋へと向かった。これから残念なお知らせをしないといけないんだよね。気が重い。

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