第173話 一級品
王宮の調合室には残念そうな顔が並んでいた。俺も非常に残念である。
「そうですか。氷室は国王陛下の判断に委ねられることになりましたか」
「すいません。私が兄上に余計なことを話してしまったせいで」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。黙っていたことでユリウス先生の立場が悪くなるのは、我々の思うところではありません」
ジョバンニ様がそう言うと、その場にいた全員がうなずいた。残念だがやむを得ないと思ってくれているようだ。そして先生呼びはすっかり定着してしまったようである。
頼むからここだけの呼び方にしてもらいたい。王宮内でバッタリ会ったときに先生と呼ばれたら、たまったものではない。
「国王陛下も氷室の重要性、そして魔法薬の素材の品質がいかに大事であるかはご存じのはずです。しばらくすれば必ず許可が下りますよ」
「そうですね。その日を待ちましょう。ユリウス先生、本日は何を教えて下さるのですか?」
「今日は『強解毒剤』を作ります」
おおお! と歓声が上がった。強解毒剤の作り方を教えれば、万能薬まであと一歩だ。問題があるとすれば、素材がどれも貴重でそうそう作れないと言うことだ。
もちろん、上級回復薬と強解毒剤の素材も貴重だ。だが、国ならそれを何とか集めることができる。でも万能薬の素材は……世界樹の葉にドラゴンの血。手に入るかなぁ? ドラゴンの血はともかく、世界樹の葉がどこにあるのか、俺は知らないぞ。
こうして強解毒剤作りが始まった。まずはいつものように俺が実演する。それを見た王宮魔法薬師たちが作業をまねし、俺がそれを見回って行き詰まっている箇所を修正する。
そうするうちに、合計で十六個の強解毒剤が完成した。品質はどれも低品質であったが。
最低品質でなかったのでヨシとしよう。……ずいぶんと妥協した魔法薬になってしまったがこればかりは仕方がない。素材の品質が悪いのだ。腕のせいじゃない。むしろ、みんなの腕は一級品だろう。そうでなければ、全員が完成させるなど不可能だ。
「さすがは王宮魔法薬師ですね。だれ一人として失敗しなかった。感服しましたよ」
「ユリウス先生」
「何でしょう?」
あれ? 何だかみんな、ものすごく困ったような顔をしているぞ。さっきまで無事に魔法薬を完成させて、お互いにハイタッチで喜んでいたのに。おかしいな。
「それはユリウス先生の教えが良いからですよ。以前に強解毒剤を作ったときは、この半分も作ることができませんでした」
「ええ、その通りです。今回の練習で使った素材よりも、明らかに品質の良い素材を選んで作ったにもかかわらずです」
「こう言ってはなんですが、残り物の粗悪な素材で全員が強解毒剤を作ることができるとは思ってもみませんでした。次につながる練習になれば、と思っていたのですが……感服するのは我々の方です」
そう言ってその場にいた全員が俺の前にひざまずいて頭を下げた。
やめて! また使用人があることないこと、あの手帳に書き込むから! ほら、今もペンを走らせてる!
粗悪な素材であることは『鑑定』スキルで分かっていたけど、それでも低品質の魔法薬を作ったんだ。良くやったとしか言いようがないな。使いたくないけど。
「ほら、顔を上げて、立ち上がって下さい」
パンパンと手をたたいて顔を上げさせた。こんな光景を他の人に見られたら、また変なウワサが立ちかねない。ようやくみんなが立ち上がった。
「次はいよいよ万能薬の作成に入りますが、素材の問題があります。素材はまだ残っていますか?」
「えっと、あと三回分、作ることができます」
おお、さすがは王宮魔法薬師団。まだレア素材が残っているとは思わなかった。これなら万能薬の作り方を教えることができるぞ。何と言っても、万能薬の作成は長期戦だ。この人数なら、ローテーションを組んで対応可能だ。腕前も問題なし。いけるぞ。
「それでは明日からは万能薬を……」
「お待ち下さい、ユリウス先生」
「どうかしましたか?」
ジョバンニ様が待ったをかけた。どうしたんだろうか。素材に何か問題でもあるのかな? 思わず首をかしげてしまった。
「私たちに練習と復習の時間をいただけないでしょうか? 我々はこの短期間に多くのことをユリウス先生から学びました。そのどれもがこれまでになかったものばかり。ですからしっかりと先生の教えを身につけたいのです」
懇願するような目でこちらを見てきた。これは断れないな。
社交界シーズンは王都にいることになるし、別に構わないか。領地に帰るまでに伝授することができれば良いのだ。
そうだ、その間に他の魔法薬のことも教えておこう。そうすれば、何かあったときに国王陛下に呼び出されなくて済むぞ。
「分かりました。それではこれからしばらくは練習期間にしましょう。もちろんその間も、別の魔法薬の作り方を教えますよ」
「ありがとうございます」
再びひれ伏す王宮魔法薬師のみなさん。そのようすを手帳に書き込む使用人。
便利で役に立つ魔法薬も教えていこう。ハンドクリームや化粧水の作り方を教えておけば、王妃殿下たちもきっと喜ぶぞ。お城で働く使用人たちもニッコリだ。
魔法薬は飲み薬だけではなく塗り薬もある。そうやって魔法薬の認識を少しずつ広げて行くことにしよう。そうすれば魔法薬の幅も広がるし、魔法薬の市場も拡大する。
そうなれば魔法薬師の数も増えて、魔法薬の値段が下がる。値段が下がれば多くの市民に魔法薬が行き渡るようになるはずだ。うんうん、夢が広がるな。
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