第170話 王宮騎士団の訓練場

 氷室の設計図をガン見する王宮魔法薬師たち。その顔には期待と不安が入り交じっていた。もし本当に古代高度文明時代の氷室が再現されればとんでもないことになる。でも、欲しい。そんな顔をしている。


「ユリウス先生、先生を疑っているわけではありませんが、この設計図を一度、王宮魔道具師たちに見せてはどうですか? きっと素晴らしい助言をもらえると思いますよ」

「いや、魔道具師にその設計図を見せるつもりはありません。私は魔道具師ではなく、魔法薬師を目指していますから。魔道具師に目をつけられたら、それこそ面倒ですからね」


 確かに、とか、それもそうだ、とか言う声が聞こえてくる。

 俺の体は一つしかないのだ。魔法薬師も魔道具師も両方やるのは到底無理な相談である。と、俺は思っている。違うのかな? 今のところ、魔法薬師と魔道具師を両方やっているハイブリッドな人を見たことがないんだけど。


「うーむ、しかし氷室を実際に作るとなると、資材の搬入などで目をつけられるのではないですか?」

「それは大丈夫ですよ。現在の氷室をそのまま改造する予定ですから。それでも足りないものは、皆さんがコッソリと持って来て下さい」


 ゴクリと唾を飲み込む皆さん。どうやら俺の意図が分かったようである。フッフッフ、君たちも共犯者になるのだよ。これなら黙っておくしかないからね。

 彼らも古代の氷室は喉から手が出るほど欲しいはずだ。きっと協力してくれるだろう。


「分かりました。我々も協力いたしましょう」

「よしなに」


 よし、これでオーケーだな。これで問題なく氷室を設置できるぞ。王宮で貴重な素材を管理することができれば、万が一のときにその素材を使った常識外れの魔法薬を作ることができるようになるかも知れない。


 これで午前中の仕事は終わった。氷室の改造は明日以降に少しずつ行う予定だ。まずは国から頼まれている「万能薬作成の成功率を上げる」ことが先決だ。それさえ終われば、俺は自由に動くことができるようになるだろう。


 昼食を食べ、午後からの剣術の練習に向けて移動を開始する。目的地は王宮内で働いている騎士たちが普段から利用する訓練場である。

 そこではすでに何人もの子供たちが集まっていた。どうやらかなり人気があるようだ。


「ずいぶんと活気があるね」

「アレックス様に聞いた話ですと、教えて下さるのが王宮騎士団長のヨンソン様だそうです。現在王国内で一番強いと言われているお方に直接教えてもらえると言うことで、大変人気があるみたいです」

「お兄様もそんなところに俺を入れなくてもいいのに。その辺の騎士から学ぶので十分だよ」


 使用人が怪訝そうな顔をした。何だ、何か言いたそうだな。この剣術の練習は体を動かすという意味合いが大きいのだと思っている。タウンハウスにこもっていては運動不足になる。そうならないために、王宮内で剣術の練習をするようにとお兄様は考えたはずである。


「ユリウス坊ちゃま、旦那様からユリウス坊ちゃまはライオネル様と互角以上に戦えるというお話を聞きましたよ」

「……」


 ガッデム。ライオネル、君はお父様の間者だったか。まさかその話がお父様に伝わっているとは思いませんでしたよ? ホッホッホと思わず笑いたくなってきた。そりゃお兄様が騎士団長の訓練に俺をねじ込もうとするわけだ。


「今日から訓練に参加することになります。ユリウス・ハイネです。よろしくお願いします」

「よく来たな、国王陛下から話は聞いている。歓迎するぞ」


 どうやら騎士団長も国王陛下から俺についての話を聞いているらしい。これで魔法薬師団長、魔導師団長、騎士団長の大物三人が、俺のことをよろしくと国王陛下から頼まれていることになる。冷静に考えると異常なことである。


 一緒に訓練に励むことになる子供たちを見回す。どうやらこちらは先日の魔法の訓練とは違い、貴族の子供はそれほどいなさそうである。そうなると、本格的な訓練なのかも知れない。

 その中に赤髪の子供がいた。話に聞いていたように髪が逆立っている。この子が昨日イジドルが言っていたアクセル君だな。早めに接触して、友達作りだ。


 訓練は訓練場を走り込むところから始まった。まずは体力作りだな。基本中の基本。それが終わると剣の素振りだ。木剣を使ってブンブンと素振りをする。それが終わると型の練習。そして終わり。とても大事だが、とても地味である。


「父上、そろそろ模擬戦をするべきですよ」


 おっと、騎士団長の息子かな? すぐに自分の実力を他の人に見せつけようとしたがる。昨日もいたぞ?

 困ったような顔をする騎士団長。どうやらどこの父親も自分の息子には甘いようである。確かオビディオ・ヨンソン君だったかな? 俺よりも背が高くて体格が良いところを見ると、年上なのだろう。


「ダメだ。前にも言っただろう? 体がしっかりとできていないうちにケガでもしたらどうする。それが生涯残ることだってあるんだぞ。お前に責任が取れるのか?」

「それは……それは弱いのがいけないんですよ」

「弱き者を救うのが騎士の役目だ。それを忘れるな」


 うぐぐ、みたいな顔をしてる。勝負あったな。人のことを考えられない人が力を持つと周りが迷惑する。まだ子供のうちにしっかりとそのことを分からせて欲しいところだな。

 だがそうは言っても息子の言うことを無視できなかったのか、打ち合いをすることになった。俺は急いでアクセル君のところに向かった。


「一緒に打ち合いをやらないか?」

「え? それは良いけど、じゃなくて、構いませんが」


 困惑するアクセル君。高位貴族の子供がいきなり話しかけてきたらそんな顔にもなるか。ここは安心させてあげなければいけないな。


「俺のことはユリウスでいいよ。アクセルのことはイジドルから聞いたんだ」

「イジドルから? あいつめ、余計なことを言いやがって」

「イジドルを怒らないであげてよ。俺がだれか仲の良い子がいないかを聞いただけだからさ」

「仲の良い子か。他に何か言ってなかったか?」


 疑うような目でこちらを見てきた。がさつって言っていたことを話すのはまずかろう。俺は特に他には聞いていないことにした。

 それを聞いてホッとした表情を浮かべるアクセル。もしかすると、自覚があるのかも知れない。

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