第169話 氷室、ご期待下さい

 翌朝、昨日と同じようにアレックスお兄様を見送ってから王城に向かう。お兄様からは口を酸っぱくして「大人しくしているように」と言われた。

 言わせてもらえるのなら、俺はいつも大人しくしている。トラブルが向こうからネギを背負ってやってくるのだ。俺は悪くない。


「みんなが黙っていてくれたらいいのに」

「ユリウス坊ちゃま、そうはいきません。私たちの雇い主は旦那様、今はこのタウンハウスを指揮しているアレックス様ですから」

「うーん、俺の指揮に入るつもりはない?」


 首を横に振られた。嫌だそうである。嫌われちゃった。

 そんなちょっと残念な気持ちでいると、門の前に王家の馬車がやって来た。今日も昨日と同じく、前面にしっかりと国の国章が掲げられている。


 これはもうウワサになるのは時間の問題だな。ハイネ辺境伯家のタウンハウスに、毎日、王家の馬車が通っている。良いのかな、これ。お父様もお兄様も頭を抱えることになるんじゃないかな? 俺のせいではないと思う。たぶん。


 王城へと続く道をゴトゴトと馬車に揺られながら進んで行く。ドナドナの歌がすぐに浮かばなかったのは、これから行く場所にかすかな希望の光があるからだろう。

 何と言っても、大好きな魔法薬を作ることができる。今は自由に作ることができないが、ある程度のことを教えてしまえばそれも可能となるだろう。ますます夢が広がるな。


 昨日と同じように特にチェックが行われることなく王城内に馬車が入って行く。これもし俺が危険な物を持ち込もうとしていたらどうなるんだろうな。それだけ俺が信頼されているのだと思いたい。


 今日は剣術の練習があるのだが、もちろん自分の剣は持って来ていない。当然のことだが、王城内は武器の持ち込みは禁止である。それは高位貴族でも同じだ。持って良いのは騎士のみである。


 停車場にはすでにお出迎えの人たちの姿があった。今日は五人いる。その様子を騎士や魔導師たちが、不思議そうに首をひねりながら見ていた。王城で俺のことがウワサになるのも時間の問題だな。その前に何とかしないと。


「おはようございます」

「おはようございます、ユリウス先生」


 思わず引きつりそうになった顔を何とか笑顔で押しとどめた。スマイル、スマイル。王宮魔法薬師を叱っていたなんてウワサが立つと困る。俺はそのまま王宮魔法薬師団の本部へと向かった。


「あのですね、ジョバンニ様、ここまでの道は覚えましたし、私には使用人もいます。ですから朝の出迎えは要りません」

「そうは言われましても、みんなが行きたがっているのですよ。今日も、本当は全員で行くところをさすがに目立つからだろうと、泣く泣くくじ引きで五人にしたのですから」


 うん。その努力は認める。認めるけど何か違う。十五人全員で来てたら大騒ぎになっていただろうな。そんなことになれば、使用人がそのことを手帳に書き込むはずだ。あ、今まさに書き込んでいる。


「大丈夫です。一人でここまで来ることができるので、今後は出迎えは必要ありません」

「そんなぁ」


 残念そうにする王宮魔法薬師たちをツンで返す。ここで甘やかせてはいけない。そんなことをすれば、ますます俺の存在とウワサが大きくなる。このあたりで踏みとどまらなければ。


「それでは今日は上級回復薬の作成に入りましょう。昨日調べた感じだと、素材の質があまり良くないので高品質のものは作れませんが、作り方を学ぶことはできますからね」

「分かりました。ユリウス先生、本日もよろしくお願いします!」


 全員がキレイに声をそろえた。あ、また使用人が何かを手帳に書き込んでいるな。もう言い訳はできなさそうだ。

 俺が教える上級回復薬の作り方は画期的だったらしく、みんなの目から鱗が落ちていた。


「ユリウス先生、良いのですか、このような秘技を教えていただいても」

「いや、秘技じゃないですから。普通ですからね?」

「これが普通。さすがはマーガレット様。世界最高の魔法薬師の弟子だっただけはありますね」


 やはりお婆様はすごい人の弟子だったのか。いや、でもそうか。お婆様から継承した「魔法薬の本」は明らかに異質だった。書き損じがあったとしても、使われていた文字が今の時代のものとは違っていたからね。お婆様の師匠はそれをどこで入手したのか。

 謎は深まるばかりだが、その真相を知る人はもういないだろう。もっとお婆様から話を聞いておけば良かったな。


「上級回復薬も強解毒剤も、どちらの品質も上げておかないと、その先にある万能薬の品質も上がりません。ちゃんとした万能薬を作るためにはどうしても必要になる技術なのです」

「それを惜しげもなく我々に教えていただけるとは。ユリウス先生、この秘技は決して外に出すようなことは致しませんよ」


 ジョバンニ様を筆頭に、全員が真剣なまなざしをしながらうなずいた。

 うん、別に外に出しても構わないよ。俺が成人して、一人前の魔法薬師になれば公開する技術だからね。それが早まるだけの話だ。いやむしろ、王宮魔法薬師が布教してくれた方が早いかも知れない。


 でもそれを頼んだところでダメだろうな。きっと嫌がるだろうし、間違いなく俺の名前を出して広げることになる。成人前の子供が魔法薬の作り方に革命を起こすだなんて、危険が危ない!


「まあ、多少の機密漏れは仕方がないと思います。ですが、私が教えたことは内密にするようにお願いします。秘密がバレれば私の命が狙われるかも知れませんからね」

「確かにそうだ」

「これは口外できないぞ。『血の契約』を結ぶべきではないのか?」

「しないでね」


 アカン。余計なことを言ってしまった。俺と「血の契約」を結ぶとか、俺の奴隷になる一歩手前じゃないか。あ、今のセリフ、手帳に書かないでよね。

 これ以上この会話を続けるのはマズイと判断した俺は、強引に氷室の話に持って行くことにした。


「ところで、先日話しておいた氷室の件なんですが、設計図を描いてきました。皆さんの意見を聞きたいのですが」

「氷室の設計図を描いてきた?」

「一日でですか?」


 お互いに顔を見合わせている王宮魔法薬師の皆さん。もしかして本当に俺が設計図を描いてくるとは思わなかったのかな? でもあれは早急に対処すべき案件だよ。冷蔵庫ではほとんど意味がない。


 俺がテーブルの上に広げた設計図を見る皆さん。みんなからの返事がない。どうやら茫然自失になっているようだ。やっぱり氷室を作るのはまずかったようである。

 でもね、長期保存用の箱を作る方がもっとヤバイと思うんだよね。あれは古代の技術うんぬんの前に、この世界には元々存在しない技術が使われているからね。オーパーツってレベルじゃないから。

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