第163話 新学期が始まる
部屋に戻ってゴロンとベッドに横になる。俺以外にはだれもいない。今なら好き勝手にしても、怒られるようなことはない。
人脈を広げるためとは言え、ちょっと二人に近づき過ぎたのかも知れない。その結果がこれである。お互いに心を痛める結果になってしまった。
さいわいなことにまだ十歳である。これが成人間近の十五歳とかだったりしたら、大きな問題になっていたかも知れない。
これからは気をつけないといけないな。権力者とはなるべく深く関わり合わないようにする。これでいこう。
「ユリウス坊ちゃま、夕食の準備が整いましたので、ダイニングルームへお越し下さい」
「分かったよ」
使用人たちも俺が落ち込んでいることを気にしているのか、部屋のドアを開けることはなかった。ありがたいことだが、俺が落ち込んでいるというウワサを立てるわけにはいかない。俺は何ともない素振りをしてダイニングルームへと向かった。
夕食を食べながら明日のことについて話す。
「明日は学園の始業式でしたよね? そうなると、しばらくタウンハウスには戻って来ないのですか?」
「カインはそうなるけど、私はなるべく戻って来るつもりだよ。大事な弟であるユリウスを一人にしてはおけないからね」
ニッコリとこちらにほほ笑みを向けるアレックスお兄様。ウソだな。あれはウソをついている顔だ。本当は俺が何を仕出かすか分からないから、なるべく監視しておきたいのだろう。使用人たちだけでは不安か。信用ないな。
「それなら寂しくなさそうですね。ミラは連れて来ることができないから、代わりに湖の精霊を呼ぼうかと思っていたところですよ」
「やめてよね」
すぐに答えが返ってきた。どうやらよほど嫌なようである。嫌われたな、湖の精霊。まあ、姿がアレだし、しょうがないか。せめてカメのままだったら可能性があったのに。
「ユリウスは明日から登城することになるんだろう? そっちもそっちで大変そうだな」
苦笑いを浮かべるカインお兄様。カインお兄様にとって、学園は天国のようなものだと思う。たぶん大変な思いをするのは俺だけだろう。何とか天国に変えないといけないな。
「それほどでもないですよ。私ができることは限られていますからね。それが終われば、登城する必要もなくなると思います。そうなれば、すぐに領地に帰ることができると思いますよ」
そうなのだ。何も社交界シーズンの間、王都に居続ける必要はないと思うのだ。万能薬の作り方のコツを教え、やるべきことをやったら領地に帰れば良いのだ。どうして早く気がつかなかったのか。
「残念だけど、そう言うわけにはいかないんだよね。お父様からは社交界シーズンの間はユリウスを王都にとどめておくようにと言われているよ」
「え」
聞いてないよ。どうしてそんなことになっているのか。アレックスお兄様のように、社交界に出るわけでもないのに。どうして。
「お父様からはできるだけ社交界にユリウスを連れて行くようにと言われているよ。きっと将来に備えてユリウスの顔を売っておきたいのだろうね」
「将来に備えて」
「そうだよ」
なるほど、お父様は将来俺が領都に引きこもることを想定しているんだな? だがその考えは当たりだ。領都でも魔法薬は作ることができる。わざわざ王都に出向く必要などないのだ。そんな面倒事はアレックスお兄様に任せておけば良い。
そう思っていたのが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。まあ、社交界でのつながりも何かの役に立つかも知れない。あきらめて従うしかないな。
ただし、相手の懐にまでは入り込まない。お互い表面だけの付き合いだ。
次の日は朝から大変慌ただしかった。お兄様二人が学園の始業式に参加するのだ。アレックスお兄様は生徒会長として、最後の務めであるスピーチをしなければならない。
カインお兄様も高位貴族の子供として、変な格好で式に参加するわけにはいかない。
両方を飾り立てるのに、使用人たちが忙しそうにしていた。
そんな慌ただしさを横目に、登城まで時間のある俺は優雅に朝食を食べていた。
お兄様たちがタウンハウスを出発したあとに、俺は出かけることになっている。焦る必要はないのだ。服装は使用人たちに任せよう。白衣を持って王城に向かえば良いだけのはずだ。
そう言えば、訓練場にも顔を出すように言われていたな。それなら動きやすい服装にしていた方が良さそうだ。俺が使用人にそう言うと、かしこまって下がって行った。これで良し。
ようやくお兄様たちの準備が整ったようなので、玄関まで見送りに行く。そこにはチャラチャラとした飾りをつけたお兄様たちの姿があった。あれって学生服を改造したものだよね? 有りなのかな? 有りなんだろうな。
「どうしたんだい、ユリウス」
「いえ、何やら色んなものがついているなと思いまして」
「ああ、これね。これは学園の行事で手に入れたものだよ」
「なるほど」
どうやら学園内でのみ通用する、勲章のようなものであるようだ。カインお兄様の制服にもいくつかついているので、しっかりと功績を挙げているようである。もしかしてこの勲章目当てで、カインお兄様は学園を選んだのかな? あり得そうな気がするぞ。
「それじゃ行って来るよ。ユリウスはみんなに迷惑をかけないようにするんだよ」
「分かりました」
「みんなもユリウスを頼んだよ」
使用人たちが頭を下げる。何だろう、すでに俺が何かやらかす前提で動いているような気がする。誠に遺憾である。
お兄様たちが乗った馬車が遠ざかって行く。それを見送りながら、何としてでも今日は問題を起こさないぞと心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。