第162話 続・貴族の子供たち

 お茶を飲み、お菓子をつまむ。うん、さすがに出されるお菓子は高級品のようだ。ほどよい甘さが口の中に広がった。どうやらイチゴジャムを使ったお菓子のようだ。歩き疲れた体に染み渡るような気がする。


「ユリウス様ではありませんか」


 その声に振り向くと、そこにはキャロがいた。その近くにはキャロと同じ年頃の女の子が三人いる。キャロの取り巻きかと思ったが、クロエ様の取り巻き仲間なのだろう。俺を見てほほを赤くしている子もいた。イケメンって罪だよね。


「キャロリーナ嬢、ご機嫌よう。登城されていたのですね」

「はい。毎日、登城していますよ。ユリウス様が今日から登城されるという話は聞いておりましたわ。まさかこのような場所で会えるとは思ってもみませんでしたが」

「それはそれは」


 何食わぬ顔で話しているが、俺たちがこの辺りにいることは知っていたのではないだろうか。昼食が終わってから俺たちがどこに行くのかくらい、クロエ様から聞いているだろうからね。


「これからクロエ様と一緒にお茶をすることになっていますわ。私たちの他にも何人か参加することになっています。ユリウス様も一緒にどうですか?」

「せっかくですが、遠慮しておきますよ。これからタウンハウスに戻って、明日からの仕事の準備をしなければなりませんからね」

「そうですか。残念です」


 もちろんウソである。何か持って来いとか、だれからも言われなかった。もちろん王宮魔法薬師団のところに行くときは白衣を持って行くつもりだが、その準備も大したことではない。単純に俺が行きたくなかっただけである。


 俺が断ったことである程度察したのだろう。その後は二、三、言葉を交わして去って行った。

 キャロとの付き合いをどうするか。これが今後の課題だな。キャロと婚約する可能性、それがあるのかないのか。

 ここではその話をお兄様とすることができないな。帰ってから聞いてみることにしよう。




 屋敷に戻った俺たちはソファーに座り、グッタリとなった。そこに元気ハツラツとしたカインお兄様が帰ってきた。どうやらこちらはとても楽しい時間を過ごしたようである。

 うらやましいと思いながらカインお兄様を見ると、少しのけぞった。


「どうしたんですか、二人とも。ずいぶんと疲れているみたいですが。今日は挨拶をして回るだけでしたよね? 何か問題があったのですか」


 どうやらアレックスお兄様も俺と同じような目をしていたみたいである。そしてカインお兄様はこちらの事情を知らないらしい。まあ確かに話してもしょうがないことではあるが。


「カインがうらやましいよ。そのまま育って欲しい」

「何ですか、それ」


 カインお兄様が困惑した表情を浮かべていた。どうしよう、話すべきかな? そう思ってアレックスお兄様の方を見ると、目と目が合った。お兄様が一つうなずいた。


「カイン、君にもこの話はしておいた方が良いだろう。貴族の子供として、しっかりと心にとどめておくんだよ」

「わ、分かりました」


 ちょっと顔が青くなるカインお兄様。貴族の作り笑顔の裏にある話なんて、あまり聞きたくないだろうな。

 アレックスお兄様はカインお兄様にも分かりやすいようにかみ砕いて説明した。その話は俺の心の中を整理することにも、大変役に立った。


「そんなことが起きていたのですね。知りませんでした。てっきり……」

「それ以上はいけないよ、カイン。ユリウスだって好きでそうしたわけじゃないだろうからね」


 まあそうかも知れないな。可能性はほぼないと思っていたし、どちらかと言えばそうなったら面倒だなと思っていたくらいだ。だが、現実にそうなると、モヤモヤするものがあることには否定しない。どうやらちょっとクロエ様と距離が近すぎたようである。


「アレックスお兄様、キャロリーナ嬢とのことはどう思いますか。何かお父様から聞いていますか?」

「そうだね、父上は私とヒルダ嬢の関係を進展させようという気はなかったみたいだね。だからその妹であるキャロリーナ嬢とユリウスとの関係を進展させようとは思っていないだろう。こういう言い方は良くないけど、どちらの家にも利点が乏しいからね」

「確かにお互いに大きな利点はありませんね」


 貴族の子供の婚約は政治的な利点を考慮して決められるのが一般的だ。恋愛結婚など、夢のまた夢である。それをやりたいなら平民になるしかない。そうなるとやはりキャロとの関係もこれ以上深まらないようにした方がいいな。


「あの、私は……?」


 不安になったのだろう。カインお兄様が青い顔をしてアレックスお兄様に尋ねた。先ほどまでのルンルン気分がウソのようである。今はアレックスお兄様の大事な万年筆を壊してしまったかのような顔をしている。


「ラニエミ子爵令嬢となら問題ないと思うよ。ラニエミ子爵は領地こそ持たないが、王都で政治的な力を持っている。中央とのつながりがどうしても薄くなりがちなハイネ辺境伯家にとってはありがたい存在だよ」


 ホッと安堵のため息を漏らすカインお兄様。どうやらこちらは恋愛結婚をするようである。俺もそれにあやかりたいな。


「ユリウスはどうなるのですか?」

「そうだね、あまり力を持ちすぎると困るから、その辺りを考慮した婚約者になるんじゃないかな?」


 なるほど、アレックスお兄様としては、俺がどこかの力がある貴族と結婚して、ハイネ辺境伯家が揺らぐのを恐れているというわけか。それならキャロとは無理だな。後ろ盾が強すぎる。その点で言えば、ファビエンヌ嬢なら問題ない。


「まあ、ユリウスにはその心当たりがあるんじゃないかな? その証拠に、別に焦っていないみたいだからね」


 アレックスお兄様がお父様のように、片方の眉を器用に上げて聞いてきた。俺の情報はお父様からある程度は聞いているのだろう。ファビエンヌ嬢なら大丈夫だと、遠回しに言っているのかも知れない。

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