第161話 貴族の子供たち
ダイニングルームにはまだだれもいなかった。
ちょっとホッとした。アレックスお兄様に連れられて席に座る。さすがのお兄様もここで食事をしたことがないのか、少し硬い表情をしている。
それもそうか。ここは王族のプライベートスペースにあるダイニングルームだからね。
それほど待つこともなく、ダニエラ様とクロエ様がやって来た。どうやら国王陛下と王妃殿下はいらっしゃらないようである。心の重しが軽くなったような気がした。国王陛下と一緒に食事をするとか、恐れ多くて俺の胃が耐えられない。
食事が運ばれてきた。そのあとはお兄様とダニエラ様が話をリードしてくれて、終始和やかな雰囲気での食事会になった。クロエ様とも話したが、婚約の話については出てこなかった。もちろん俺からその話を振ることもなかった。
良く言い聞かせてあるのだろう。クロエ様の中でもけじめがついているようだ。自分が王族であることは理解しているだろうし、王族が果たす義務についても勉強しているはずだ。ときどき暗い表情を浮かべるのが印象的ではあったが。
昼食も終わりになるころに、キャロリーナ嬢が俺の姿を模したぬいぐるみを持っているという話が出た。クロエ様が同じものが欲しいと言っていたが丁重にお断りした。
そんな思い出の品を持っていては、クロエ様とお相手の王子が思いを引きずられることになる。ここでしっかりと断ち切っておくべきだと思う。俺がキッパリと断ると、クロエ様もそれ以上は何も言わなかった。
「ああ、疲れた」
「お疲れ様。ユリウスが私の前でそんな言葉遣いをするなんて、珍しいね」
「すいません」
「いや、怒っていないよ」
アレックスお兄様がそう言って首を振った。昼食が終わり、また先ほどの客室に戻って来ていた。午後からはお兄様が王城の中を案内してくれることになっている。でもなぁ、足が重い。
そんな俺の頭をそっとお兄様がなでてくれた。
「良くやったぞ、ユリウス。つらかっただろう」
「そうですね」
「私とダニエラ様との婚約が、まさかこんな結果を引き起こすとは思わなかったよ」
お兄様が床に視線を落とした。その目は床ではなく、どこか遠くを見つめているようだった。申し訳なく思っているのかな? でもその必要はない。だれも未来のことなど分からないのだ。
「お兄様、ダニエラ様を大事にしてあげて下さいね」
「ああ、もちろんだよ。二人の分まで大事にするよ」
お互いに重い足取りで部屋を出た。お兄様は何度もお城に来たことがあるのだろう。迷うことなく、王宮を出て、王城内の別館へと向かって行った。
「この建物は王宮の魔法師団が使っている建物だよ。訓練場には特殊な魔法が施されていて、魔法を使っても被害が出にくくなっているんだ。うちの訓練場よりも強力な魔法が使われているみたいだから、遠慮なく魔法の練習ができると思うよ」
「魔法の練習ですか。私には関係なさそうですね」
「そんなことはないさ。日頃から魔法の訓練は必要だよ」
うーん、これは遠回しにここを使って魔法の練習をしろよと言うことなのかな? タウンハウスにいるからといって、日々の鍛錬のおサボりは許されないようである。
「分かりました。なるべくここに通うようにします」
俺の話を聞いて首を縦に振るお兄様。もしかすると、俺が運動不足になることを気にしているのかも知れない。そうなるとだ。
「次は騎士団の訓練場に案内するよ」
「分かりました」
そうなるよね。これは毎日、どちらかに出向くことになりそうだな。騎士団と魔法師団からお兄様に報告が上がるようになっているのかも知れない。
魔法師団の訓練場と騎士団の訓練場はすぐ近くにあった。目の前では今も騎士たちが剣を振って汗を流している。
「ここが騎士団の訓練場だよ。王城内の訓練場にいるのは近衛騎士や優秀な騎士ばかりだから、失礼な目に遭うことはないはずだよ。ユリウスにとっても良い刺激になると思う。何か嫌な目に遭ったらすぐに言うんだよ」
「はい。お兄様は王城内の訓練場を使ったことはあるのですか?」
「いや、まだないよ。今は学園の訓練場を使っているからね」
「そうなのですね」
そうなると、詳しい訓練場の状況は分からないわけだな。行ってみて、自分の肌で感じろと言うわけか。王宮魔法薬師団のところに通いつつ、訓練場にも顔を出す。これは思ったよりも自由時間が少なくなりそうだぞ。まあ、しょうがないか。
「ところで、だれに取り次げば良いのですか?」
「それが、私も良く聞いていないんだよ。ダニエラ様が準備しておくって意気込んでいたからね。どうもユリウスに申し訳なく思っているみたいなんだ。それで少しでも良い人物を紹介したいと思っているみたいだよ」
「そんなこと気にしなくても良いのに。お兄様からも、もう一度そう言っておいてもらえませんか?」
「分かったよ」
どうもダニエラ様は気にしすぎなような気がする。内心では俺が怒っていると思っているのかな? そんなことないのに。このままだと、俺に弱みを握られていると、周囲の人たちから勘違いされるかも知れない。困ったものだ。
訓練場の見学が終わると、再び王宮へと戻った。今度は王宮内を見て回る。王宮に招待された人が使う食堂や待合室、礼拝堂、休憩室、救護室などの位置を教えてもらった。さすがに自由に使えるお風呂はないようである。
王宮内は広く、歩いて移動するだけでも大変だった。なるべく移動距離を少なくなるように工夫した方が良さそうだな。
お兄様と一緒に少し広い休憩室に入った。そこには俺たち以外にも貴族が何人もいた。どうやらこの部屋は王城を訪れる貴族たちにとっての、憩いの場になっているようだ。今も使用人が飲み物やお菓子を運んでいる。
「ユリウスも何か飲むかい?」
「ええ、お願いします」
そう言うと「心得た」とばかりに俺たちの使用人がササッと動いた。どうやら使用人たちはどこに何があるのかを熟知しているようだ。きっとどこかに王城で努めるためのガイドラインがあるのだろう。
「分からないことがあったら使用人に聞くと良いよ。タウンハウスで働いている使用人たちは王城や王都のことを良く知っているからね」
「分かりました。そうします」
俺たちが会話している間に使用人たちはお茶とお菓子をどこからともなく持って来た。
お金、どうなっているのかな? 後払いなのかな? お兄様がお金を払う素振りは全くないんだけど。
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