第156話 王都の孤児院

 見れば見るほど立派な孤児院だ。見た目は質素ではあるが、そこに貧しさは感じられなかった。ちょっとした街の宿屋である。通りに並んでいても、孤児院だとは思われないのだろう。

 もちろん、領都にも孤児院がある。しかしさすがにこれほどの規模ではない。


「さあ、中へどうぞ。遠慮は要りませんよ」


 そう言って司祭様が先頭に立って建物の中へと入ってく。孤児院の中は清潔感にあふれていた。しっかりと掃除が行き届いているようだ。どこで聞きつけたのか、孤児院で養われている子供たちが集まって来た。


「こんにちは、司祭様。そちらのお方はどなたですか?」


 子供たちの中で一番年上で、リーダー各なのだろう。俺と同じくらいの年齢の子が尋ねてきた。しっかりとした受け答えをしている。どうやら教育は十分に行き届いているようだ。他の子供たちも騒ぐことなく俺の方を見ていた。

 その目はまるで珍獣を見るかのように、ランランと輝いている。……ちょっと居心地が悪い。


「こちらはハイネ辺境伯様のご子息のユリウス様ですよ。粗相のないようにして下さいね」

「分かりましたー!」


 元気な声がたくさん返ってきた。うん、素直で実に良い子がそろっているようである。


「ネロさん、ユリウス様の案内を頼めるかね?」

「お任せ下さい」


 そう言うと、先ほど最初に挨拶した子がこちらを向いてニッコリと笑った。……男の子、だよね? 髪はショートヘアーなんだけど、淡い金髪のサラサラヘアーだ。

 見た目がどう見ても女の子なんだけど、声は男の子だと思う。たぶん。どうしよう。聞くか? でも失礼だよね。うーん。


「それではユリウス様、私はここで失礼させていただきます。帰りは入り口までネロさんに送ってもらって下さい」

「分かりました。お忙しいところ、ありがとうございました」


 礼をした俺を司祭様が何度もうなずきながら目尻を下げて見ていた。振り返ると、相変わらず子供たちが珍獣を見るような目でこちらを見ていた。


「ユリウス様、こちらへどうぞ。建物の中を案内します」

「よろしくお願いします。ネロさん」

「ネロで構いませんよ」


 ニッコリと笑うネロ。どう見ても女の子なんだけど、どうしよう。ネロの後を追って歩くと、他の子供たちも一緒に着いてきた。これも勉強の一端なのかも知れないな。

 すれ違うシスターたちに挨拶しながら、食堂、居間、お風呂場、子供部屋と案内してくれた。


 食堂も居間もお風呂場も、どれも大きかった。大きさだけで言えば、ハイネ辺境伯家にあるものと同じくらいである。もちろん質はハイネ辺境伯家の方が断然上ではあるが。ちょっと驚きだ。


 子供部屋は四人一組が基本で、二人部屋や、一人部屋もあった。見た感じでは、年上になるほど人数の少ない部屋に移動するようだ。

 ネロの部屋も見せてもらった。飾り気のない、とてもシンプルな部屋だった。私物はほとんどなさそうだ。


「ちょっと気になったんだけど、ネロが一番年上なの?」

「ええ、そうですよ。ボクが一番年上です。この孤児院にいられるのは十歳までなんですよ」


 そうなのか。それでネロよりも年齢が上の子を見かけなかったのか。

 少し早いのではと思って聞いてみると、庶民の家でもこのくらいの年齢から両親の手伝いをするようになるそうだ。


 それにしても、ボク、か。男の子だと思うけど、ボクっ子かも知れない。困ったぞ。「俺」とか言ってくれれば良かったのに。まあ、貴族の前では言えないか。そんな困った感じで食堂に戻ってきた。


 席に座った子供たちが何だかソワソワしている。どうしたんだろう? 何か出て来るのかな? そう思っていると、お皿に載ったクッキーが運ばれてきた。何の変哲もない素朴な感じのクッキーだ。


「お口に合うかどうか分かりませんが、良かったらどうぞ」


 そう言ってネロがすすめてくれた。今もお茶を入れてくれている。もちろん他の子供たちも、それを手伝っていた。手伝っていないのは年少組の子供たちだけのようである。

 今にもよだれが出そうな勢いでジッとクッキーを見ている。かわいい。見てるだけで癒やされる。

 ああ、ミラを思い出してきたぞ。俺もかなり重症なようである。


 せっかくなのでクッキーをいただくことにした。俺がクッキーに手を出したのを見て、使用人が慌ててクッキーを食べた。それを見ていた子供たちが一斉に食べ始めた。

 これはあれだな、食いしん坊な使用人と思われたな。チラリと使用人の顔を確認すると、赤くなっていた。


 さすがに毒なんて仕込めないと思う。こんな風に他の子供たちも食べるのだからね。俺が大聖堂に出かけるのを決めたのも今朝だし、さすがにその間に毒入りクッキーを作るのは無理があると思う。一応、『鑑定』スキルで調べるけど。うん、大丈夫そうだ。

 クッキーは見た目通り素朴な味がした。ほんのりとした甘さが口の中に広がった。


 今まで高級菓子しか食べてこなかったけど、こういう甘みが少ない、素朴なお菓子も良いな。とても懐かしい味がした。

 砂糖はそれなりに貴重であり、値段も高い。だからたくさんの砂糖を使うことができなかったのだろう。それでも子供たちはおいしそうに食べていた。


「おいしいですね、このクッキー」

「そうでしょう、ユリウス様。このクッキーはお兄ちゃんが作ってくれたんですよ!」


 そう言って、ネロと同じ髪の色をした女の子がネロの方を向いた。こちらは背中までキレイな髪が伸びているので、間違いなく女の子だろう。そして「お兄ちゃん」と言った。ネロは男の子だ。間違いない。

 少しはにかむその表情はとてもかわいらしかった。……男の子、だよね?

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