第155話 大聖堂
アレックスお兄様が出発したのを見送ってから俺も出発した。時刻は十時を過ぎたくらいだ。学園はまだ夏休み期間なので、朝をゆっくり過ごしても大丈夫なのだろう。ただし、ダニエラ様と待ち合わせをしていない場合に限る。
この時間の王都はすでににぎやかになっていた。貴族専用の通りを抜けると、人の波が見えて来た。これが王都。これが庶民の通りか。馬車じゃなかったらはぐれていたな。さすがに領都の大通りよりも人が多い。
「この辺りが王都で一番人が多い場所になりますよ、ユリウス坊ちゃま」
「予想していた通りの人の多さだね。馬車で良かった。領都も人が増えてきたけど、王都に比べるとまだまだだね」
坊ちゃまはやめて欲しいんだけど、使用人にとってはそうなってしまうのかな? せめて学園に通うくらいの年齢にならないと坊ちゃまからは卒業できないのかも知れない。
馬車から窓の外を見ると、すぐ近くを人が歩いている。馬車が人を跳ねそうで怖いな。領都に帰ったらお父様に馬車と人の通る道を、もっと明確に分けるように進言しておこう。
領都は今後も人が増えるだろうからね。そのための事前対策だ。
馬車はグングンと進んで行く。どうやら大聖堂は王城から離れた場所にあるようだ。聖職者が国の運営に関わって来ないようにしているのかも知れない。
良くあるパターンなのが、聖職者が政治に関与してくる話だ。力を持った聖職者が王族と対立する。この国の場合はどうなのか。
少なくとも、領都の聖職者がハイネ辺境伯の統治に口を挟むことはなかったな。
目の前に白亜の城のような建物が見えて来た。王城を見ていなければ、これが王城と言われても疑うことはないだろう。真っ白なレンガ造りの建物にはステンドグラスの窓が並んでいた。
教会の周囲にはかなりの人がいた。俺たち以外の貴族の姿も見える。だがその何倍も庶民が訪れているようだった。
「人がたくさんいるね。領都の教会もずいぶんと訪れる人が多いと思ったけど、ここはそれよりももっと多いね」
「この大聖堂には国内で唯一、女神様の像がありますからね。そのため、多くの人が集まって来るのですよ」
「え!」
ニコニコとした表情で使用人が話しかけてきた。俺はその言葉に驚いた。そんな俺の表情を見た使用人がクスクスと笑う。子供らしい反応だと思われたかな?
女神様の像がある。これは驚きだ。領都の教会にはそれがなかった。そのため、女神様の像など存在しないものだと思っていた。
教会内部に入りお布施をする。ハイネ辺境伯はそれなりに高位の貴族なのでお布施も多い。喜んで受け取ってもらえた。
司祭様が教会の中を案内してくれた。お布施をたくさんあげたからなのか、ずいぶんと立派な服を着た人物が案内してくれている。きっと教会の中でも地位が上の人物なのだろう。これでハイネ辺境伯の名前も、これまで以上に知られるようになったはずだ。
「こちらの礼拝堂にはこの世界を救いし女神様の像が祭られております」
いよいよ女神様の像とのご対面だ。案内された礼拝堂の窓ガラスには全てステンドグラスが取り付けられており、日の光を浴びて幻想的に輝いていた。全てのステンドグラスの絵柄が違っており、ずいぶんと力を入れているのが分かった。
俺が熱心にステンドグラスを見ているのに気がついたのだろう。司祭様が説明してくれた。
「この礼拝堂のステンドグラスは、かつてあった女神様と魔王との戦いを描いています」
「本当に魔王がいたのですか?」
「ええ、そうです。作り話ではありません」
マジか。そんな話……何かそれっぽいことを言われていたな。直接魔王を倒せとは言われなかったけど。何か悪いことが起こりそうな予感はある。気のせいであって欲しい。
いくら何でも、魔王と戦うのは話が違う。魔法薬の発展が俺の使命のはずだ。
女神様の像の前にたどり着いた。二体の女神の像が並んで立っている。と言うことは女神様は二人いる?
「こちらの二人の女神様は、古の時代に我々人間と共に魔王と戦いました。そして我々の盾となって魔王に倒されました」
「えええ!?」
俺の声に司祭様がうなずきを返した。どうやら本当のようである。女神様、倒されちゃったの? でも俺と会ったよね? でも一人だった。ということは、半分、本当なのかも知れない。
「女神様のお力もあり、魔王もその力を大きく失いました。残された我々でも倒すことができるくらいに。そして魔王は勇者の手によって倒されたのです」
「初めて聞きました」
「普通は学園に入ってからしっかりと習うことですからね。ハイネ辺境伯夫妻もまだ早いと思ったのかも知れません。この世界を守る女神様はもういらっしゃらないという話を幼い子供に教えるのは酷なことですからね」
どこか寂しそうな顔をして女神様の像を見つめる司祭様。もしまた魔王が現れたら、そんなことを考えているのかも知れない。
もしかすると、王都にしか女神様の像がないのは、人々の自立を促すためなのかも知れないな。何かあったときに、存在しない女神様を頼るのではなく、自分たちの力で立ち向かうことができるように。
「そうだ、よろしければ、孤児院も見て行かれませんか?」
「孤児院? そのようなものが教会の敷地内にあるのですか?」
「もちろんです。貴族の方が顔を見せれば、きっと喜んで下さいますよ」
もしかすると、孤児院にも寄付が欲しいのかな? ノブレス・オブリージュ、貴族の義務というわけだ。特に急ぎの用があるわけでもないので、案内してもらうことにした。使用人も別に止めなかったからね。
教会の裏口から外に出ると、素敵な庭園が広がっていた。芝生の上にはテーブルがいくつもおいてあり、ここで休憩することもできるようだ。庭の花は見事に咲き乱れており、ずいぶんと手入れされていることが分かる。
こんなところに孤児院があるのかな? ちょっと信じられない。そう思って庭園を進んで行くと、生け垣の先に宿屋のような大きな建物が見えて来た。どうやらこれが孤児院のようである。さすがに王都で一番大きな教会にある孤児院だけはあるな。これだけ大きいと維持費も大変そうだ。ここは気前よくお布施を出しておくとしよう。
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