第154話 尽きぬ悩み

 夕食が終わると一人でお風呂に入り、一人でベッドに入る。いつもはミラがいるのでちょっと寂しい。一人になったので開放感を得られるかと思ったのだが、そんなことはなかった。


 予想はしていたが、やはりクロエは政治的な駒として利用されるようだ。こればかりは俺の力ではどうしようもない。あとはクロエがどう思うかだな。隣国のルンドアル王国の王子が良くできた人物だったら良いんだけど……。


 あー、やめだ、やめ。考えてもどうしようもないことを考えるのはやめにしよう。俺はこの世界の支配者じゃないからね。自分の好きなように物語を動かすことはできない。

 これが貴族か。小説なんかでは良くある話だったので、当時はそんなもんかと思っていたが、実際にその当事者になるとモヤモヤするものがあるな。


 クロエとはそれなりに仲が良かっただけに、なおさらそう思ってしまうのかも知れない。感傷的にならないように十分に注意していたはずなのに。すぐ近くにいるキャロはもっと苦しい思いをしているのかも知れない。


「おや、ユリウス、寝不足かい? もしかして枕が合わなかった?」

「おはようございます、アレックスお兄様。そんなことはありませんよ。ちょっと眠れなかっただけですから」

「そう」


 気遣わしげな顔で俺を見ている。鋭いお兄様のことだ。きっと俺が眠れなかった理由にも察しがついていることだろう。


「おはようございます」

「おはよう、カイン」

「おはようございます、カインお兄様」


 三人そろって朝食を食べる。学園が始まるまではこの感じの朝食が続くのだろう。だがしかし、学園が始まれば二人とも学園の寮からの通学になる。そうなると、俺は一人寂しく朝食を食べることになる。……ミラも連れてくれば良かったかな。それとも湖の精霊を呼ぶか? いや、ダメだろう。女性の使用人たちが卒倒することになる。見た目が変態だからね。


「ユリウスはまだ王都を全部見て回っていないんだろう? 護衛をつけるから、好きなところに行って来ると良いよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「カインはラニエミ子爵のところに行くんだよね? ちゃんと菓子折りを持って行くんだよ。剣だけを持って行かないように」

「……はい」


 声が小さいぞ、カインお兄様。どうやらカインお兄様の思い人はラニエミ子爵令嬢のようである。あとでどんな人物なのか調べておこう。何かの役に立つかも知れない。


「私は今日も学園にいるから、何かあったらすぐに連絡を入れて欲しい。くれぐれも勝手な判断で動かないように。いいね、ユリウス」

「……はい」


 ううう、わざわざ俺を名指ししなくてもいいじゃない。心配なのは分かるけどさ。さすがにそう連続で何か問題を起こしたりしませんよ。

 朝食が終わると、それぞれが動き出した。


 アレックスお兄様は学園に行く準備を、カインお兄様はアレックスお兄様に言われたように、まずは菓子折りを買いに行くようである。俺はどうしようかな?

 そうだな、せっかくなので一人で王都見学に行くとしよう。今度ロザリアが王都に来たときに案内できるようにしておかないとな。


「今日も王都を見て回ろうと思う。適当な観光名所を案内してくれ」

「分かりました。調整しますので少しお待ちを」


 そう言うと、王都にいる間に俺を世話してくれる使用人たちが慌ただしく動き出した。俺の世話ということになっているが、何ということはない。ただの俺の監視である。まあ、十歳児がウロウロしようと思ったら監視もつくか。


 しばらくすると、準備が整ったようである。使用人に言われて、玄関で馬車が到着するのを待った。

 俺の隣では、アレックスお兄様も馬車の到着を待っていた。


「どこに行くつもりだい?」


 爽やかな笑顔を浮かべるお兄様。うーん、相変わらずのイケメンである。俺もこんな風に笑えばイケメンに見えるかな?

 俺はどこに行くかを聞いていないので、使用人に視線を向けた。使用人が一礼する。


「本日は大聖堂を案内しようと思っております」

「大聖堂か。確かにあそこは一度は行っておくべき場所だ。王都にいる貴族ならば一度は行ったことがある場所だろうからね。行ったことありませんじゃ、ちょっと困るかも知れない」


 そうなのか。大聖堂どころか、領都の教会にすらあまり足を運んだことがなかったな。もしかすると、領都の教会関係者からはにらまれているかも知れない。帰ったら一度顔を出しておこう。


 玄関の前に馬車が二台やって来た。同時に出発することになりそうだ。馬車に乗り込もうとする俺に、アレックスお兄様が話しかけてきた。


「クロエ様のことだけど、ユリウスが気に病むことはないよ。これは王家の、国の意向だからね。一介の臣下が口を挟むべきことではないよ。ダニエラ様はクロエ様のことが心配でユリウスに話したみたいだけど、あのあと、話すべきではなかったと悔やんでいたよ」

「そうですか……それならダニエラ様に伝えて下さい。私は大丈夫ですから、そのことを気に病まないようにと」


 お兄様と視線が交差した。お兄様はしっかりとうなずき、馬車へと向かって行った。

 ダニエラ様は後ろめたいのかも知れないな。自分は恋愛結婚ができるのに、妹はそれがかなわない立場になってしまった。


 もしアレックスお兄様との婚約がまだ決まっていなければ、自分がその立場になっていただろうと考えたのかも知れない。ルンドアル王国の第一王子は確か十六歳。第二王子は十一歳だったはずだ。第一王子と婚姻を結ぶのなら、ダニエラ様の方が年齢が近いし適任だったことだろう。


 そうなると、クロエ様はどちらと婚約することになるのかな? 第一王子と婚約した方が両国のつながりは強くなるが、第二王子の方が年齢が近くて親しみやすいかも知れない。

 その場合は両国のつながりは少し弱くなる。


 これ以上は俺が考えるべきことではないな。国王陛下がどう考えるかだ。どちらに転んでも、両国のつながりが強くなるのは間違いないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る