第157話 お姉様とお呼び

 髪の毛の質が同じなので、間違いなく兄妹なのだと思う。兄妹そろって孤児院に入っているということは、両親が何かしらの事故で亡くなったのだろう。まだトラウマを抱えているかも知れない。詳しく聞くのはやめておこう。


「かわいいね。ネロの妹なのかい?」

「ええ、そうです。リーリエと言います。ボクの大事な妹ですよ」


 にこやかな笑顔をこちらに向ける。

 いや、待てよ。先ほど話からすると、ネロは俺と同じ十歳。そして来年にはこの孤児院を出ることになる。そうなると、二人は離れ離れになってしまうのか。何だかかわいそうだな。

 しんみりしてしまった俺に気がついたのだろう。ネロが話題を変えてきた。


「次は中庭を案内しますよ。そこでみんなで一緒に遊びませんか?」

「うん、構わないよ」


 俺が使用人に目配せすると、ちょうど食堂に来ていたシスターにお金の入った袋を渡してくれた。さすがはハイネ辺境伯家で雇っている使用人。空気を察する能力にたけている。

 これで孤児院での任務は完了だな。あとは子供たちと交流を深めておこう。


 案内された中庭は思った以上に広かった。ちょっとした運動場である。これなら走り回っても大丈夫そうだ。庶民がどんな遊びをしているのかは良く知らないのでちょっと楽しみだな。


 ボールもなければ遊具もない。体一つで遊ぶことになるだろう。そしてどうやら「鬼ごっこ」ならぬ「ゴブリンごっこ」をするらしい。

 ちょっとその名前の遊びはどうなんですかね? ゴブリンに捕まらないように、子供たちに対しての注意喚起のつもりなんだろうけど、名前が生々しいような気がする。

 くじ引きでゴブリンが決まり、みんなが一斉に逃げて行く。


 どうやらいつもやっている遊びのようで、子供たちが楽しそうにワーワーと言いながら逃げて行く。子供たちの中で一番年上の俺は手加減している。もちろんネロもだろう。わざとゴブリンになったり、追いかけてみたり。


 そんな中、ちょっとした悪ふざけが思いついた。

 ネロと俺、どっちが足が速いのかな? 同じ年齢だし、少なくとも俺は日頃から鍛錬している。俺の方が速いと思う。

 俺がゴブリンになった。ネロの方をチラリと見た。何かを察したのか、ネロの目が少し見開かれた。俺の考えが分かったかな? 俺はネロを追いかけ始めた。


「お兄ちゃん、逃げてー!」

「すごーい、お兄ちゃんたち、足が速ーい!」


 リーリエの声援を受けて風のように走るネロ。それを風のように追いかける俺。それを遠回しに見て、歓声を上げて喜んでいる子供たち。どうやらネロの本気の走りを見たことがなかったようである。


 くそ、追いつけない! 十歳のくせに、足、速すぎだろ! チートかよ! ムキになって追いかけるが、差が縮まらない。さすがに強化魔法は使っていないが、それでも俺の方が足が速いと思っていたのに。服か? 着ている服が悪いのか!?

 結局ネロに追いつけないままで時間切れになった。


「ユリウス坊ちゃん、そろそろ屋敷に戻る時間ですよ。お昼は屋敷で食べさせるようにと、アレックス様に言われております」

「ハアハア……もうそんな時間か? もうちょっとで追いつけたのに」


 俺が止まったのを見て、子供たちも終わりにしたようだ。みんなが集まってくる。ネロも近寄ってきた。


「ユリウス様の足の速さには驚きましたよ」


 涼しい顔でそう言ったネロ。くっ、こいつ、息切れしてねぇ! もしかして負けたのか、俺。


「ネロも足が速いな。驚いたよ。もっと動きやすい服だったら簡単に追いつけたんだけどなー」

「そうですね」


 苦笑いするネロ。あ、これは完全に負け惜しみだと思われているやつだ。ぐぬぬ。


「再戦を希望する」

「いつでもお待ちしておりますよ」

「ユリウス様、また遊びに来て下さいね!」

「お兄ちゃん、また来てね!」


 年少組の子供たちがニパッと邪念のない笑顔を向けた。うんうん、いつの時代も子供たちはかわいいな。


「また来るよ。それまで、みんな元気にしてるんだぞ。ネロやシスターたちの言うことを良く聞くんだぞ」

「わかったー!」


 本当に分かったのかな? ネロはそれを笑って見ていた。子供たちとさよならバイバイして大聖堂の入り口へと向かう。もちろんそこまではネロが案内してくれた。


「本当にありがとうございます、ユリウス様。いつも以上に、みんなが良い笑顔をしていましたよ」

「そうか? それなら来たかいがあったな。……ところでこれだけはハッキリとさせておきたかったんだが、ネロは男の子だよな?」

「……そうですけど、女の子だと思っていたんですか?」

「その可能性もなきにしもあらずかなと」


 ネロがほほを膨らませた。その様子は完全に乙女である。そんなことをするからどっちなのか分からなくなるんだよ。もっと男らしく堂々と……堂々としても女の子に見えるな。これはもう、造形の問題だな。ネロは悪くない。


 タウンハウスに戻ると、そこではアレックスお兄様が待っていた。

 何で、何でアレックスお兄様がここにいるんだ? 困惑していると、俺の方をジッと見ていたアレックスお兄様が笑顔を向けてきた。思わず一歩下がった。


「ユリウス、ずいぶんと服装が乱れているね? 大聖堂に行っただけでそんなことになるのかい?」

「大聖堂だけではありません。併設されている孤児院にも行って寄付をしてきました。そのときに、孤児院の子供たちと一緒に遊んだのですよ」

「ふうん」


 そう言ってジロジロと俺の服装をチェックするアレックスお兄様。別に少々着衣の乱れがあっても問題ないと思うんだけど……。


「あら、ユリウスが帰ってきていたのね」

「だ、ダニエラ様!? あっと、本日はご機嫌麗しゅう……」


 俺が慌てて挨拶すると、クスクスと笑った。


「今は人前ではありませんから、そのような気遣いをする必要はありませんよ。ですから、お義姉様と呼んでもらっても良いのですよ?」


 ファ!? 思わずお兄様の方を見た。苦笑している。これはあれだな、ダニエラ様にからかわれたな。

 なおもクスクスと笑っているダニエラ様。


「ずいぶんと服装が乱れておりますわね。一体何をしてきたのですか?」


 あー、なるほど、ダニエラ様がいたから俺の服装が気になったのか。王族を前にして、乱れた服装をしてるのはまずいよね。それならすぐに服を着替えて来いって言ってくれたら良かったのに。どうして言ってくれなかったのですか、お兄様。


 非礼をわびてから、孤児院での出来事を話した。それを聞いたダニエラ様はとても楽しそうに笑っていたが、アレックスお兄様は首を左右に振っていた。

 あれ? もしかして、貴族が全力疾走するのはまずかった?

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