第152話 ズゴゴ

 学園の生徒会についてのあり方を考え始めたカインお兄様。その姿はとても真剣である。その姿を見ながら、俺は危機感を覚えた。

 このままではまずい。俺のせいで学園の生徒会が大きく変わってしまうかも知れない。


「か、カインお兄様、この辺りのお店は何があるのですか? 全部閉まっているように見えるのですが……」

「ん? ああ、この辺りには日用雑貨を売っている店があるんだよ。でもさすがに来るのが早すぎたみたいで、開いていないみたいだね。もしかしたら開いてると思ったんだけど残念だよ。色んなところから商品を集めている店で、すごく人気があるんだよ」


 それは見てみたかったな。きっと心躍るような雑貨が置いてあるんだろうな。学園内では自由に買い物ができるのだろう。お兄様は学園で自由に買い物ができる楽しさを俺に教えたかったのかも知れないな。


「本も売っていたりするんですか?」

「本屋も別の場所にあるよ。でも品ぞろえはそれほどでもないかな。ほとんどが教科書や参考書みたいだからね」


 なるほど、どうやら本屋にはあまり行っていないみたいだな。歯切れが悪い。閉まっている店の看板には金床の絵が描かれているものもあった。


「お兄様、もしかしてあの店には武器が売っているのですか?」


 ちょっと驚きだ。まさか学園内で殺傷能力がある危険な物を買うことができるだなんて。


「ああ、あれは武器の修理屋だよ。刃が欠けたり、曲がったり、壊れたりしたときに修理してもらうのさ」

「なるほど」


 さすがに危険物を売る店ではなかったか。ちょっと安心した。そんな店があったら、学園内は危険に満ちた場所になっていることだろう。

 他にも魔法の杖が描かれた店や、服の絵が描かれた店があった。服まで買うことができるのか。学園内はちょっとした町になっているな。カフェもあるみたいだ。


 一通り歩いたところで、学園内で唯一開いていたカフェに入った。学園内に入ってからそれなりに時間が経過している。門の前で待つ騎士たちはやきもきしてないかな?


「どうだった? 少しは興味が湧いたかい?」

「そうですね、さすがは王都で一番大きな学園だと思いましたよ」


 王都にはここ以外にも学園はある。この学園には全国から貴族が集まってくるので、王都の全ての学生を入学させることはできないのだ。選ばれし限られた人だけが入ることができる。


「そうか。やっぱりユリウスは領都の学園に行くつもりなんだね」

「はい。領都の学園で魔法薬を学びます」

「ここじゃ物足りないか。仕方がないね」


 どうやらカインお兄様は後輩が欲しかったようである。でもね、お兄様。お兄様が留年しない限り、俺と在学期間が被らないのですよ。分かっているのかな、そこのところ?

 休憩が終わると学園をあとにした。無事に出て来た俺たちを見て、騎士と使用人たちが安堵のため息をついていたのを俺は見逃さなかった。そんなに不安か。




 タウンハウスに戻った俺たちはさっそく戦利品を手に取った。魔法薬の教科書も気になるが、魔物図鑑も魔道具図鑑も気になるぞ。

 魔物図鑑には魔物の特徴だけでなく、取れる素材についても書いてあった。これって冒険者向けの本だよね? 貴族向けの本屋に置いてあったけど、貴族で買う人がいるのかな? 冒険者になりたいと思う貴族は、俺が思っているよりも多いのかも知れない。


「ユリウス、庭で打ち合いをしないか?」

「え? いや、遠慮しておきます」

「そうか」


 明らかにしょぼんとなるお兄様。そんな顔をしても俺はやりませんよ。カインお兄様と打ち合いをして、俺の強さをお兄様が知ったらどうなるか。自信をなくすかも知れないのにそんな危険を冒すことはできない。


 申し訳ないと思いながらも、これもお兄様のためと思って買ってもらった本を読んだ。そうこうしているうちに、アレックスお兄様が帰って来た。


「お帰りなさいませ、アレックスお兄様」

「ただいま。二人とも、良い子にしてたかい?」


 完全に子供扱いである。パパになった気分なのかな? まだ気が早いぞ。カインお兄様は明らかにムッとしてた。子供扱いされるのが嫌なようである。カインお兄様は小さくても一人前なのだ。俺は子供扱いされたままの方が都合が良いと思っているのだが。


「カインお兄様に本を買ってもらったので、それを読んでいました。カインお兄様は庭で買ってきた剣の試し斬りをしていたみたいですよ」

「そう。……カイン、また剣を買ったのかい?」


 ズゴゴゴゴとアレックスお兄様の背後から音がしそうだった。すごみのある笑顔。怖い。カインお兄様の顔も引きつっている。「余計なこと言いやがって」みたいな顔で俺の方をチラチラと見ていた。

 ごまかしてもアレックスお兄様にはすぐにバレるよ、カインお兄様。アレックスお兄様は見逃さない。


「お兄様、剣を買ったのは俺だけじゃないですよ! ユリウスも剣を買っていますからね!」

「おや、そうなのかい?」


 ズゴゴが引っ込んだ。鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。どうやら意外だったらしい。そしてどうやらカインお兄様が俺に剣を買ってくれたのは、俺を弾よけにするつもりだったからのようである。そのためにお小遣いを無駄遣いするとは……許せん!


「はい。一度はいらないと断ったのですが、カインお兄様が買ってあげるって言うので、それならと……」

「……カイン、何でも買って良いとは言ったけど、要らない物まで買う必要はないからね?」

「ひっ! す、すいません」


 アレックスお兄様のズゴゴが復活した。なるほど、道理でカインお兄様がお金を持っていると思った。あれはカインお兄様のポケットマネーじゃなかったのか。社交界シーズンを過ごすために与えられたお金だったのだ。

 そりゃアレックスお兄様も怒るわ。まだ社交界シーズンは始まっていないのに散財されたんだからね。


「まあ、買ってしまった物は仕方がないね。ユリウス、どんな剣を買ったのか見せてもらっても良いかな?」

「はい。別に構いませんけど?」


 使用人に頼んで剣を持ってきてもらった。脇差しを包んでいた袋から取り出して渡すと、首をかしげられた。え、何かまずいことした?


「見慣れない剣だね」

「脇差しと言う名前みたいですよ。東洋から持ち込まれたみたいです。珍しい剣みたいで、それ一本しかありませんでした」


 カインお兄様の説明を聞いて、ますます眉をゆがめたアレックスお兄様。かなり不審な目をしてるぞ。


「それをユリウスが選んだんだね?」

「はい。そうですけど……?」


 何、その目。もしかして、剣を買うのはまずかった?

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