第151話 クロエの婚約者の話

 アレックスお兄様の隣にいるダニエラ様は今日も美しかった。カインお兄様が見とれているのが手に取るように分かった。でもね、何か影があるんだよね。何があったのかは大体予想がつくけどね。クロエとダニエラ様は仲が良いみたいだからね。それだけに気になるのだろう。いつかは受け入れなければいけないのにね。


「ダニエラ様、ご機嫌麗しゅうございます」

「ご、ご機嫌麗しゅうございます」


 俺に続いてカインお兄様が慌ててそう言うと、二人で臣下の礼をとった。先にアレックスお兄様に話しかけられたのでそちらを優先してしまったが、もしかしてまずかった? 反応が悪いぞ。


「ご機嫌よう、二人とも。顔を上げてちょうだい」


 同時に顔を上げる。ダニエラ様の表情は先ほどと変わらないが、アレックスお兄様の顔は少し困ったような顔をしていた。たぶんダニエラ様から相談を受けているのだろう。でもどうすることもできなくて、困惑しているようである。


「クロエに婚約者の話が出ています。知っていますか?」

「いえ、初めて聞きましたが……もしかして、隣国のルンドアル王国の王子とご婚約なさるのですか?」


 無言でダニエラ様がうなずいた。アレックスお兄様は知っているようで微動だにしなかったが、カインお兄様は声を上げそうになったのを必死に抑えていた。


「驚いていないようですね」

「隣の大陸のラザール帝国とルンドアル王国とのつながりが薄いと判明した時点で、こうなるのではないかと思ってました」

「そう。ユリウスは聡いのですね。その通りです。我が国とルンドアル王国との関係をより強いものにしようと国王陛下はお考えのようです」


 まあ、当然だな。結局のところ、貴族の子供は政治的な駒でしかない。王族になれば言うまでもない。打つ手によっては国が滅びることだってあるのだ。子供には自由に恋愛する権利は与えられていない。普通は。


 ダニエラ様は運が良かったと見るべきだ。たまたま自分の恋愛感情と政治的な政略が一致していただけである。しかしどうやら、そのことに負い目を感じているようだ。自分は幸せなのにクロエは……ってね。


「ルンドアル王国と結びつきを強めることは間違っていないと思いますよ。両国がより強い関係で結ばれれば、国境を守るハイネ辺境伯家としてもありがたいですからね。そうですよね、アレックスお兄様?」

「そうだね。今年の夏は大変だったらしいね。ユリウスがスパイを捕まえてくれたおかげで、大きな問題にならなくて済んだとお父様の手紙に書いてあったよ」


 ハイネ辺境伯領の様子はアレックスお兄様にも伝わっているようだ。だからこそ、アレックスお兄様はダニエラ様の憂鬱に困っているのかも知れない。しっかりと納得させるべきなのだが、嫌な思いをさせたくない。おお、すでに尻に敷かれ始めている。


 フウ、と一つ息を吐いたダニエラ様。頭の中では分かっているのだろうが、心の中では納得していないようである。でもね、どうすることもできないと思う。

 まさか俺にクロエを略奪しろか言わないよね? さすがに無理ですよ。


「クロエがルンドアル王国に行くのは成人になってからになります。それまではどうか、仲良くしてあげて下さいね」

「ええ、できる限りは……」


 どうしたものか。仲良くなりすぎると、後々困ることにならないかな? 少しずつ距離を置く方が良いと思うんだけど、どうなんだろう。その辺りは帰ってからアレックスお兄様に聞いてみよう。さすがに恋愛の駆け引きについては良く分からない。こんなときは色恋沙汰が得意そうなアレックスお兄様に聞くべきだろう。怒られるかな?


 アレックスお兄様とダニエラ様は休憩中だったらしく、これから生徒会室に戻ると言うことだった。「一緒に見学に来るかい?」と言われたが、カインお兄様が断固拒否した。よほどに嫌なようである。それを聞いたアレックスお兄様はとても困ったように、眉をハの字に曲げていた。


 これはあれだな、アレックスお兄様はカインお兄様を生徒会に入れるつもりだったな。カインお兄様が生徒会室に近づかないのはそのこと気がついているからなのかも知れない。


 頑張れカインお兄様。たぶん、生徒会役員に入れられると思うけど。

 ハイネ辺境伯家は王族のダニエラ様と縁を結んだおかげで、注目されるようになったんだ。それはカインお兄様も同じだぞ。……俺もだけど。

 これはなるべく領地から出ないようにしないといけないな。


 アレックスお兄様たちと分かれた俺たちは学園内にあるという商店街にやって来た。ここまで、カインお兄様のテンションは低い。剣を選んでいたときとは雲泥の差である。月とすっぽん。天国と地獄である。ドンマイ。


「なあ、ユリウス、俺、生徒会に入れられるのかな?」

「間違いなくそうでしょうね」

「……どうすれば回避できると思う?」

「学園をやめる……?」


 首をかしげながら究極の二択をお兄様にたたきつけた。あのね、カインお兄様。カインお兄様もハイネ辺境伯家の一員なのだから、いい加減に腹をくくりなさい。剣術の練習だけではやっていけないときがきたのだよ。


 俺が腕を組んで首をかしげながらジッと見つめると、大きな、大きなため息をついた。めちゃくちゃ嫌そうである。ずいぶんと嫌われたな、生徒会。


「学園はやめたくない。それならやるしかないか……」


 どうやらカインお兄様は学園にただならぬ思い入れがあるようである。好きな人がいるのかな? それとも、大切な友人がいるのかな? 両方かも知れない。どちらにしろ、とても良いことだと思う。俺にもようやく、そういった人たちができたからね。


「お兄様、そんなに生徒会が嫌いなのですか? それならお兄様が好きになるように、生徒会を変えていけばいいじゃないですか」


 目を大きくし、口を丸く空けるお兄様。何かに気がついたようである。

 その顔を見て、俺は何だか不安になってきた。余計な一言を言ってしまったかも知れない。限りなく脳筋に近いお兄様に良からぬ知恵を授けてしまったか?


「そうか~、生徒会を変えるか~。剣術大会が年に一回しかないのはおかしいと思っていたんだよね。毎月あるべきなんだよ。剣術大会に優勝するという目標があるからこそ、切磋琢磨できるんだよね。それに将来、騎士や魔導師として魔物と戦うこともあるんだ。今のうちからそれをもっと経験しておくべきなんだようね。そうだそうだ。魔導師科の人たちとも、もっと連携を取るべきだよ。今みたいに、微妙な関係は良くない……」


 ブツブツとつぶやきだしたお兄様。

 やべえ。これ絶対、余計なこと言ったわ。脳筋だと思っていたけど、思っていたよりも脳筋じゃなかった。これは先にアレックスお兄様に謝っておくべきか……?

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