第150話 学園見学

 とても悪い予感がした俺は、何事もなかったかのように鞘に収めた。

 まずいぞ、これは。注目が俺に集まっている。すでに「湖の精霊の件」でワンナウトなのだ。これ以上のやらかしはまずい。


「なかなか良い剣ですね。でも私には切れ味が良すぎて、とても使いこなせそうにありません」


 そう言いながら刀を店主に返した。それを受け取った店主は刀を何度も確かめるかのように見ていた。刀と俺を見比べていた。


「ユリウスはライオネルから剣を学んでいるんだったよね?」

「そうですけど……」

「そう言えば二人が練習しているところを見たことがないな?」


 カインお兄様が腕を組んで考え始めた。これはまずい。

 俺とライオネルの訓練は本気と本気のぶつかり合いになっているので、普段は使われない訓練場の奥でひっそりと行われているのだ。それを知っているのはごく少数。非常に危険なので、その時間帯は立ち入り禁止になっているのだ。


「そ、それよりもお兄様、その剣を買うのですよね! 他の剣は見ていかないのですか?」

「そうだった。他にも見たい剣があるんだった」


 そう言うとお兄様は再び店の中へと戻って行った。フウ、ヤレヤレだぜ。カインお兄様が剣術バカで助かった。これがアレックスお兄様だったらまずかったな。ツーアウトになっていたことだろう。


 それからカインお兄様は観賞用の剣と、実用性重視の剣を追加で購入し、合わせて三本の剣を買った。

 どうやらお兄様は初めから俺に剣を買ってあげるつもりだったみたいであり、結局あの脇差しを買うことになった。どうかこれ以上のトラブルが起きませんように。


 それにしてもカインお兄様、ずいぶんとお金を持っているな。一体どこから出て来たのだろうか。それほどハイネ辺境伯家がもうかっているってことなのかな? 競馬に魔道具。そうかも知れないな。


 王都には他にも大きな劇場や図書館、教会などがあった。劇場ではオペラを上演しているそうである。今は悲恋の作品が人気だと、一緒に乗っている使用人が説明してくれた。

 図書館はだれでも利用することができるそうである。その代わり、入場料がそれなりに高いそうだった。庶民で利用している人はほとんどいないだろうと言われた。読書が庶民の娯楽になる日はまだまだ遠いようである。


「お昼を食べたら学園の中を案内してあげるよ」

「学園に入れるのですか?」

「今なら大丈夫だよ。さすがに授業が始まると入れないけどね。今の時期なら在学生の家族という枠で入ることができるのさ」


 なるほど、それでカインお兄様が毎年この時期に王都に行っていたのか。アレックスお兄様から学園についての話を聞くだけじゃなくて、実際に学園の中に入り込んでいたのね。


 昼食は学園近くのレストランで食べた。学園内のレストランに連れて行きたかったようだが、さすがにこの時期はまだ開いていないそうである。「ユリウスも俺たちと同じ学園に入るかい?」と言われたが、丁重にお断りをしておいた。あの教科書を見た感じでは、ここで学ぶことはなさそうな気がするんだよね。


 学園の正門横にある小さな門をくぐる。そこには警備員室があり、カインお兄様が学生証を見せることで通ることを許された。もちろん通れるのは俺のカインお兄様だけであり、騎士や使用人は門の前で待機だ。心配そうに俺を見つめる騎士たちの顔が印象的だった。何もしないのに。


「あれが俺が住んでいる寮だよ」

「大きいですね。宿舎と言うよりも屋敷ですね」

「そう言われてみるとそうだね」


 苦笑するお兄様。貴族の子供が使う専用の寮なのだろう。ハイネ辺境伯家の騎士団寮とは違い、三角屋根のついた立派な屋敷である。窓は大きく、日当たりも良さそうだ。バルコニーが並んでいる階層もあった。あの辺りが高位貴族が使う部屋なのかな?


 さすがに建物の中には入ることができないようであり、そのまま中庭へと向かった。中央に大きな噴水があり、明るくて広い庭だった。今は人がいないため閑散としているが、新学期が始まれば多くの人でにぎわうのだろう。そこかしこにベンチが用意されていた。


「ずいぶんと大きくて立派な中庭ですね。お城にあっても疑いませんよ」

「そうだろうね。この中庭の管理は王家が手がけているんだよ。中庭だけじゃない。学園全体に王家の手が入っているよ」

「そうなのですね」


 どうやら学園の真の支配者は王家のようである。まあ王都の一等地にあるし、少なからず王家が支援しているだろうし、しょうがないか。

 カインお兄様は他にも授業を行う建物や訓練場などを案内してくれた。俺たち以外にも見学に来ている人が何人かいるようだった。やはり人気はあるのだろう。そう言えば、アレックスお兄様が来てるんじゃなかったっけ?


「アレックスお兄様もどこかにいるのですよね?」

「そうだね……生徒会室にでもいるのかな? でもさすがに入れないからね。あんまり行きたくないし」


 どうやらカインお兄様は生徒会は嫌いなようである。もしかして生徒会役員に誘われているのかも知れない。でもそれをやると自分の鍛錬の時間がなくなるので断っているのだろう。お兄様ならやりかねない。


「カイン、ユリウス、来ていたんだね」

「アレックスお兄様!」


 振り返るとそこにはアレックスお兄様とダニエラ様の姿があった。休憩中なのかな? まさか学園内デートとかではないだろう。


「ユリウスが学園に興味があるみたいだから、案内していたんですよ」

「ほう」

「カインお兄様、私は別に興味はありませんよ。学園で習う魔法薬の授業がどのようなものなのか気になっただけです」


 俺が本屋で学園の教科書を見ていたことで誤解を招いてしまったようである。本当に気になっただけで、学園に入りたいとは思っていない。これ以上誤解されないようにしなければならないな。


「ふふふ、それならユリウスには物足りなかっただろうね。学園の魔法薬の授業は領都の学園ほど熱心じゃないからね。事実、魔法薬師を目指す人は王都の学園ではなくて、ハイネ辺境伯領にある学園を第一志望にするからね」


 そうなのか、知らなかった。学園に入るのはまだまだ先なので、そこまで調べたことがなかった。それなら俺が王都の学園に行くことになる可能性は低いな。突如王家が「学園の魔法薬の授業を強化する」などと言い出すような、想定外のことが起きない限り。




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