第147話 呼べよ叫べよ
目元を隠すためなのか、顔には赤い仮面をつけており、上半身は裸でふんどしを締めている。どう見ても危ない人である。その人物は俺たちの前まで来ると足を止めた。
何者なのかを聞きたくない。でも聞かないわけにはいかないだろう。
「あの、湖の精霊様でしょうか?」
「いかにも」
腕を組み、そう答えた。やっぱりか。自分の顔が引きつっているのが分かる。隣を見ると、お兄様の顔もピクピクしていた。どうやらちょっと効き目が良すぎたようである。テヘッ。
さてどうするか。単純にお礼に来ただけなら良いのだが。
「元の姿に戻られたようですね? おめでとうございます」
「うむ。そなたらのおかげで、特にユリウスのおかげで、以前よりも強い力を得ることができた。今もこうして力が湧き出ておる……!」
ムキッっとマッスルポーズをする湖の精霊。パワーアップしてるー! 俺は何で魔力回復薬にしなかったんだ。そうすればこんなことにはならなかったはずなのに。魔力持続回復にしたから、上限に到達するまでひたすら魔力が増えることになる。
「そ、それは実に喜ばしいことです」
引きつった笑顔のお兄様がそう言った。静かに首を縦に振る甲羅を背負った危ない人。どうしよう。俺のせいだよね?
ぼう然としていると目が合った。
「ユリウスよ」
「ハイ」
「ワシはお主についていこうと思っている」
「えええ!」
それは困る。湖の精霊には申し訳ないが、連れて行けば確実に俺たちが変な目で見られることになる。これは断固拒否一択である。どうにかして押しとどめねば。
「さすがにそれはまずいと思いますよ。湖の精霊様はこの辺りを守っているのでしょう? その守りが突如なくなれば、多くの人や、この辺りの動植物が困ってしまいますよ」
「そうですよ。町の温泉が再び出るようになってみんな喜んでいます。今、湖の精霊様がいなくなって温泉が枯れれば、どれだけ悲しませることになるか」
「む、確かにそうだな」
湖の精霊が考え込んだ。カインお兄様も必死である。こんな不審人物がついてくるようになったら困る。そんな強い意志を感じた。
「それならば、ユリウスにワシの加護を授けるとしよう。何かあればワシを呼ぶが良い。九次元の彼方よりそなたを助けに参ろう!」
シビビビビと怪しい光線が湖の精霊から発射されると俺の体を包み込んだ。あ、拒否権はないみたいですね。その光はすぐに収まり、気がつくと手の甲に亀の甲の模様がついていた。なにこれぇ……こすっても落ちないぞ。
「これで契約は交わされた。ハイネ辺境伯家の者たちよ、いつでも来るが良い。歓迎するぞ!」
そう言うと、湖の精霊は水の中へと帰って行った。その様子をぼう然と見つめる俺たち。そしてその周りでは、その一部始終を見ていた観光客たちがヒソヒソと話していた。
どうやらハイネ辺境伯家は湖の精霊と契約を結ぶことになったようである。せめてあの姿さえなんとかなれば……あの姿はどう見ても変態なんだよなぁ。お母様が見たら絶対卒倒する。どうしよう。
「ハァ……お父様がしっかりとユリウスの面倒を見るようにと言った意味をようやく理解したよ。目を離すなってことだったんだね」
切なそうなため息をついた。何てこった! とんだ誤解だぞ。
「たまたまですよ、お兄様! 私をトラブルメーカーのように言うのはやめて下さい。結果的には湖の精霊様とこの町を救うことになったじゃないですか」
「うん、まあ、結果だけを見ればね。その分、変な注目も集めることになったけどね。ああ、お父様に何て言えば……」
「黙っておけば良いんですよ!」
「ダメでしょ」
真顔で否定された。良い考えだと思ったんだけどなぁ。騎士たちを見ると、みんな困ったような顔をしていた。どうやら俺はとんだトラブルメーカーのようである。大人しくしておこう。
カインお兄様の強い要望により、俺たちはその日のうちに町を出ることになった。お兄様いわく「早く王都に行きたい」だそうである。その後ろにはきっと「早く王都に到着してユリウスをアレックスお兄様に任せたい」という気持ちがあるのだろう。
解せぬと思いつつも、何の力も持っていない俺はそれに従うしかなかった。きっとお父様はこれを見越して、俺に近しい騎士たちをお供につけなかったのだろう。何という策士。だがさすがのお父様も俺が「湖の精霊の加護」を受けたとは思うまい。一本取ったな。いや、湖の精霊に一本取られたのかも知れない。まあいいや。
その後はノンストップで王都までたどり着いた。必死だな、カインお兄様……。王都のハイネ辺境伯家のタウンハウスに到着すると、慌てたようにタウンハウスを管理している執事が俺たちを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。お早い到着で驚きました」
「ああ、驚かせてしまったかな? アレックスお兄様は?」
「ただいま外出しておりますが、すぐに帰って来ると思います」
どうやら予定よりもずっと早く俺たちは到着したようである。本当はもっとのんびりと余裕を持って進むはずだったのだろう。それだけカインお兄様が、俺に対して危機感を持っていたということか。
悪いことしたな。でもしょうがないよね。あのまま放置しておくわけにはいかなかったのは確かである。そのことはカインお兄様も分かっているはずである。その上で、自分の手には負えないと思ったのだろう。
サロンに案内され、旅の疲れを取っている間にも、使用人たちは慌ただしく動いていた。きっと俺たちを迎え入れる準備をしているんだろうな。何だか申し訳ない気持ちになった。
そうこうしているうちに、アレックスお兄様が帰って来た。
「早かったね、二人とも。予定ではあと二、三日はかかるはずだけど……カイン、何かあったのかな?」
コクリとうなずくカインお兄様。俺に聞かないところがいやらしい。どうやらアレックスお兄様は俺絡みだと思っているようだ。まあ、合ってるけど、もしかして違うかも知れないじゃない。その可能性をほんのひとかけらでも持っていて欲しいと思いました、まる。
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