第148話 王都見学
カインお兄様の話を聞いて頭を抱え込んだアレックスお兄様。うつろな目でこちらを見てきた。
「ユリウス、湖の精霊様の加護を見せてもらっても良いかな?」
そう言って俺の手の甲にある紋様を見ると、眉間にシワを寄せ、それを指でもみほぐした。大変困惑している様子である。知らぬ間に背中に冷たい汗が流れた。俺のせい……なのか? いやでも、良いことをしただけだし。俺、悪くないし!
「あの、アレックスお兄様?」
「うーん、精霊の加護をもらったなんて話は聞いたことがないな。あとで調べてみるよ。問題はその場をだれかに見られたことだね。きっとそこからウワサが広がって行くと思う」
「すみません。すぐに口止めしておけば……」
「無理だよ、カイン。口止めしても、どこかでウワサ話になるはずさ。それよりも、ハイネ辺境伯家が湖の精霊の加護を受けたという話が広がった方が都合が良いかも知れない」
カインお兄様が神妙な顔をしてうなずいた。なるほどそうかもと思っているのかも知れない。確かに精霊の加護を受けているなら、他の貴族の牽制にはなるだろう。
問題はその温泉地が別の貴族の領地ってこと何だよな~。そこが問題になりそう。
「お父様には俺から手紙を書くよ。さいわいなことに、あの温泉地周辺を治めている貴族とは仲が良いからね。怒られるよりも、むしろ感謝されるはずだよ。何せ、国内有数の観光地がなくなるところだったんだからね」
ホッと息をはいた。俺のせいで貴族間の関係が悪くなることはなさそうだ。
そうだよね、ハイネ辺境伯家の領地じゃないんだから、問題を起こすのはまずいよね。今度から気をつけないといけないな。
貴族間のやり取りについては苦手だ。元々俺は貴族じゃないし、しょうがないと言えばそうかも知れないが。
「ユリウス、今度からは気をつけるように」
「善処します」
「善処ねぇ……」
ジロリとこちらを見るアレックスお兄様。その目は信じていない目をしている。奇遇ですね、俺もそう思います。善処するって言っても、トラブルが向こうからこっちに向かって走ってくるんだよね。避けられないこともある。
部屋の準備が整いましたと使用人が報告してきた。この話は一端ここで終了だ。お兄様に断りを入れると、用意された部屋へと向かった。
タウンハウスには俺専用の部屋も用意されていた。ほとんど使ったことないけどね。
領都の屋敷にある自分の部屋よりも小さいが、俺としてはこの小さい部屋の方が落ち着く感じがする。さすがは元小市民。
上着を脱いでベッドでゴロゴロしているといつの間にか夕食の時間になっていた。
「明日は王都に出かけても良いですか?」
夕食の席でアレックスお兄様に問いかけた。アレックスお兄様は考え込むかのように天を仰いだ。王城に行くのはまだ先の話のはずだ。何せ、予定よりも早く王都に到着したみたいだからね。それなら王都を見学する時間もあるはずだ。
望んで来たわけではないのだが、せっかく王都に来たのだ。その機会を無駄にせず、満喫したいと思っている。
「カインは明日、学園に行く準備をするんだったよね?」
「はい。王都でしか買えないものがいくつかありますからね。もしかして……」
「そっか~、それじゃカイン、ユリウスも一緒に連れて行ってあげてよ」
ハア、とため息をついたカインお兄様。そんなに嫌か。俺だって好き好んでトラブルに頭を突っ込んでいるわけじゃないぞ。
「分かりました。ユリウス、勝手な行動はしないでね」
「もちろんですよ」
俺の良い返事を聞いて一応は納得してくれたようである。しかし俺をカインお兄様に押しつけるとは。何かあるのかな?
「アレックスお兄様の明日のご予定は?」
「新学期に向けた準備があるんだ。来年の生徒会長を選定しないといけなくてね」
まだ新学期は始まっていないのに学園ですることがあるだなんて。生徒会長も大変だな。でもこの引き継ぎが終わらないと、アレックスお兄様が自由に社交界へ参加できないのか。それなら仕方ないね。
馬車から見える光景は領都の大通りよりも人通りが少ないように感じた。もっと王都はにぎわっていると思っていたんだけど違うのかな?
たびたび窓の外を見ている俺に気がついたのか、カインお兄様が話しかけてきた。
「この辺りは貴族専用の店が並んでいるんだよ。だから庶民はいないんだ。庶民に見えるのはどこかの家の使用人たちだよ」
「そうだったのですね。それなら人通りが少ないのも納得です」
なるほど、庶民と貴族とで区別しているのか。そうなると、庶民が利用する店が並んでいる通りに行けば、もっとたくさんの人がいることになるのか。どのくらいのにぎわいがあるのか気になるな。
「ユリウス、庶民が利用する店に行きたいとか考えてないよね? 連れて行かないからね?」
「やだなぁ、そんなわけないじゃないですか」
アハハと笑って見せたが、お兄様は疑っているようである。なぜバレた。お兄様から目をそらし、外を見ていると馬車が止まった。どうやら目的地に着いたようである。
「ユリウスは馬車で大人しくしておいてね」
「何でですか。一緒に本屋に行きたいです」
馬車の窓からは本屋が見えていた。目的地は間違いなくここだろう。王都の本屋。一体どんな本が並んでいるのか楽しみである。せっかくのこの機会にぜひ見てみたい。
「教科書を買うだけだから、きっと面白くないよ?」
「大丈夫です。お兄様が教科書を買っている間に本を眺めておきますから」
お兄様がため息をついた。断れないことを察したのだろう。俺は絶対についていくぞ。
「分かったよ。店の中では静かにしておいてね」
「分かりました!」
店に入ると、外見からは想像がつかないほど広かった。奥行きがかなりある。壁という壁には本棚が並んでおり、ギュウギュウと本が詰め込まれている。お兄様が教科書を探している間に俺も本を探した。もちろん探すのは魔法薬の本である。
王都の魔法薬の本。中身がとても気になります。
「あった、あの本を取ってよ」
俺の護衛についている騎士が本を取ってくれた。護衛と言うよりかは監視だろう。やはり信用されてないな、俺。護衛の騎士が本を確かめると、問題ないとして俺に渡してくれた。
俺が取ってもらったのは王都の学園で使っている魔法薬の教科書だ。これなら問題ないだろう。
本をパラパラとめくる。初歩の部分が書かれていなかったので、上級生が使う教科書のようである。初級回復薬などの作り方が載っていた。作り方は「これはひどい」の一言である。ひどい。
上級生の教科書でこの内容か。学園ではそれほど熱心に魔法薬についての勉強はしないようである。ますます王都の学園に行く必要がなくなったな。
「ユリウス、その本が欲しいの?」
「え、いや、その……」
内容を確認したかっただけで別に欲しいとは思わない。だがそうとは知らないカインお兄様は本の内容を確認すると笑顔を向けた。
「良いよ、買ってあげるよ。何だかんだ言っても、ユリウスは王都の学園が気になるんだね」
「え? まあ、はい」
別に気にならないんだけど、カインお兄様がイイ笑顔を向けていたので断れなかった。まさか後輩ができるとか思ってないよね? 行かないからね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。