第146話 温泉街の奇跡
目の前でカメが口をパクパクさせている。おなかがすいたのかな? なんちゃって。どう見ても俺が持って来た魔法薬を見て困惑している様子である。
迷わずそれをカメの姿をしている湖の精霊にスッと差し出した。
「無事に完成しました。これが失われた魔力を持続的に回復してくれる『上級魔力持続回復薬』です」
「……マジで?」
「マジです」
目の前の赤茶色をした魔法薬を見て、カメの喉元が上下に揺れる。唾を飲み込んだのだろう。
俺としてはカメが飲んでも、飲まなくても構わない。飲まなくてもそれは自由である。義理は果たしたはずだ。手元に上級魔力持続回復薬が残るなら、それはそれで好都合である。
ジッと魔法薬を見つめるカメ。迷っておられる。
「……いただこう。これでもワシはこの辺りを守護する者。その役目を勝手に降りるわけにはいかん」
覚悟を決めたようである。能面のような顔になった。目から光が消えている。どんな味なのか気になるのかも知れない。ここは安心させておくべきだろう。
「青臭いニンジンの味がするだけですよ。食べ慣れているでしょう? 問題はありませんよ」
俺の言葉にカメが嫌そうな顔をした。もしかしたら苦手なのかも知れないな。先に味の好みを聞いておくべきだったか。
恐る恐るカメが魔法薬を飲んだ。一口飲んで「うぇ」みたいな顔になり、そのあとは目をつぶって一気に飲んでいた。
「ゲホッ、ゲホッ……マズイ……」
「良薬口に苦しって言いますからね。良く効く証拠ですよ」
まあこの世界にある大半の魔法薬はただただマズイだけなんですけどね。俺のせいではない。飲み終わった湖の精霊が体を見回している。
「特に変化はないようだが?」
「それはそうですよ。魔力を持続的に回復させるだけですから。これから時間をかけてゆっくりと魔力が回復するはずですよ。元に戻るには五年、十年かかるかも知れません」
「そうか。そうかも知れんな。それではワシは湖に帰るとしよう」
こうしてカメは騎士に運ばれて、元いた湖へと帰って行った。良いことをしたな。これで俺が生きている間に、ここの温泉につかれる日が来るかも知れない。でもあまり期待はしないでおこう。
「ユリウス、そろそろ夕食の時間だ。ダイニングルームに行こう」
「分かりました」
その後はお兄様と一緒に食事をとり、宿にあるお風呂に入ってゆっくりと過ごした。
本来、この町に来たのは休息のためである。これでようやくその目的を果たせそうだ。
翌日、すがすがしい朝の日の出と共に起床した。昨日『ラボラトリー』スキルを使って大量の魔力を消費していたため良く眠れた。スッキリした気分である。
お兄様に挨拶をして、ダイニングルームに向かう。そこにはすでに朝食が用意されていた。
「お兄様、出発は明日ですか?」
「そのつもりだよ。残念ながら温泉には入れないけどね。今日もまた、湖に行くのも良いかも知れないね」
「そうですね。また『緑の回廊』にも行きたいです」
「それじゃ、そうしようか」
そんな話をしているところに、少し慌てた様子の騎士がやって来た。何かあったのかな? 少し首をかしげたお兄様が尋ねる。
「どうした、何かあったのか?」
「それが、昨日の夜、急に枯れていた温泉が出るようになったとか……」
カインお兄様と目があった。心当たりしかない。湖の精霊が復活したのだ。さすがは上級魔力持続回復薬。初級魔力持続回復薬よりもずっと早い!
「これで温泉にも入ることができそうですね!」
「そうだね。ユリウスがこんなに温泉好きだとは思わなかったよ。俺も好きだけどね。それじゃ、朝食が終わったら、さっそく温泉に入りに行こう。そのあとで、湖の精霊様のところに行くとしよう」
「分かりました!」
温泉だ、温泉。俺のやったことは間違いじゃなかった。さすがにまさか一日で温泉が再び湧き出るようになるとは思わなかったけどね。これはこれでラッキーだ。
温泉街に行くと、昨日とは打って変わってあちらこちらから真っ白な湯気が上がっていた。硫黄の臭いが少ししており「良い温泉がここにありますよ」と言っているかのようであった。
元気がなかった温泉街は見違えるように活気があふれていた。そこかしこで客引きをしている声が聞こえてくる。もちろん、閉まったままの店もある。例の不正行為をしていたお店だろう。因果応報である。
「どこの温泉にしましょうか?」
「慌てるな、ユリウス。いつもお世話になっている温泉がある。まずはそこに行こう」
「はい!」
こうして俺たちは温泉を堪能した。俺たちだけではない。騎士たちも温泉を堪能したはずである。今度、俺付きの騎士たちも連れて来よう。
すっかりホカホカになったところで、思い出したかのように湖へと向かった。
「こ、これは……!」
「うん。湖が透き通っているね。俺が前に見たときよりも、ずっと透き通っているよ」
「キレイですね。あ、泳いでいる魚も見えますよ」
見違えるように透き通る湖。どうやらこれが本来の姿のようである。カインお兄様が見せたかったのはこの景色だったのだろうな。堪能した。
「か、カイン様、あれを!」
「ん?」
騎士の一人が驚愕の声を上げた。それにつられてそちらの方向を見る。その方向からは背中にカメの甲羅を背負った、緑色のたくましい体つきをした二足歩行をする生き物がこちらへ向かって歩いて来ていた。なにあれぇ……。
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