第145話 魔力持続回復薬

 小さな湿地がプチパニックになった。それもそのはず。平和だった湿地に突如として怪獣が現れたのだから。


「……ユリウス、何だか良からぬ妄想をしていないか?」

「え? してないよ!?」


 湿地の住人からすれば、カメは巨大な怪獣に見えることだろう。慌てて住人たちが逃げ出していた。


「あ、あの赤いカエルを捕まえて! 毒があるから気をつけて。そっちの黄色いカエルは別の袋に入れてよね」

「わ、分かりました」


 騎士たちが慌てて素材を捕まえようとしていた。ちょっと、もっと丁寧に扱ってよね! 鮮度が落ちる。ああもう、むちゃくちゃだよ。だから自分の手でやりたかったのに。


「そっちのトカゲは尻尾も素材だからね。忘れずに回収しておいてよ」

「わ、分かりました」


 てんやわんやである。だから自分でやるって言ったのに。

 何とか必要な素材を確保することができた。品質はお察しである。捕まえたばかりなので、鮮度は良さそうだ。


「む、この反応は……」

「どうしたのじゃ、ユリウス?」

「マンドラゴラ」

「なん……じゃと……?」


 どうやら幻の素材、マンドラゴラが生えているようだ。欲しい。近くにはマンドラゴラを偽装するかのように、活力人参が生えている。これも欲しいぞ。


「さっそく採りに……」

「待て待て、危険すぎる! そうか、この辺りでときどき生き物が死んでいるのはそやつのせいか」

「あの、話が見えてこないのですが、我々にも分かるように説明してもらえませんでしょうか?」


 困惑の表情を浮かべた騎士がそう言った。どうやらマンドラゴラの伝説を聞いたことがないらしい。俺はザックリと「引っこ抜くときのマンドラゴラの悲鳴を聞くと死ぬ」という話をした。


「危険すぎます。許可できません」

「ワシも同じ意見じゃ」

「えー」


 目の前にお宝があるのに、バッサリと否定された。音を発することができなくなるサイレントの魔法を使えば問題ないのに。俺は説得を試みたのだが「そんな魔法はありません」と言われて却下された。どうしよう。


「それじゃ、試しに使ってみるからさ、本当に声が出なくなったら認めてよ。サイレント」

「……! ……!? ……!!」


 何か必死に言っているようだが何も聞こえなかった。段々と顔色が悪くなる騎士たち。その中でも一番顔色を悪くしていたのは魔法の実験台になった騎士である。


「どう? 信じてくれた?」


 その騎士はコクコクと首を縦に振った。そりゃそうだよね。ここで首を横に振ったら、いつまでもこのままかも知れないのだ。俺はそれをしっかりと確認すると、魔法を解除した。


「これならマンドラゴラの声を聞くことなく回収できるよ」

「……確かにそうかも知れませんね」


 反論する人はいなかった。カメも絶句している。あまり時間をかけるわけにもいかないので、すぐに現地へと向かった。そこには同じような見た目の草が並んでいた。


「こっちの活力人参も回収して欲しい。でもまずはマンドラゴラからだな。サイレント」


 魔法を受けたマンドラゴラがビクリと動いた。気づかれた、と思ったのかも知れない。気づかれているのだよ。俺が引っこ抜こうとすると「念のためです」と言われて遠ざけられた。

 俺たちが十分に離れたことを確認すると、騎士がマンドラゴラを引き抜いた。もちろん何の音もしなかった。


「ね? 問題なかったでしょう?」

「確かにそうですが……」


 何だか最初のころよりも十歳くらい老けたように見える騎士。相当苦労しているようである。あ、俺のせいか。普段俺を護衛してくれる騎士たちは「またか」みたいな感じなんだけどね。慣れの問題だろう。君たちも今回の旅で、きっと慣れるはずだ。

 無事にマンドラゴラをゲットした俺たちは意気揚々とお兄様の元へと戻った。


「遅かったね、ユリウス。様子を見に行かせようかと思っていたところだよ」

「申し訳ありません。貴重な素材を見つけたものですから、採りに行っていたのですよ」

「貴重な素材?」

「はい。これです!」


 俺は採りたてのマンドラゴラをお兄様に見せた。先が二叉に分かれた人参に不気味な顔がついている。お兄様たちの顔が引きつった。




「ユリウス、お母様やロザリアはもちろんだけど、女性にマンドラゴラを見せてはいけないからね?」

「わ、分かってますよ。やだなぁ」


 よっぽど嫌だったようである。宿に戻るとすぐに目元しか笑っていない笑顔でそう言われた。まさかカインお兄様がこんな笑顔ができるようになっていただなんて。まるで両親やアレックスお兄様のようである。


「それで、ここで手に入る道具で魔法薬を作れるのかい?」

「大丈夫ですよ。何の問題もありません」

「ふむ、頼もしいのう」


 目を細めてうなずくカメ。もちろんウソである。お土産の販売が中心のこの町に、まともな魔法薬を作るための道具が置いてあるはずはなかった。だが俺には『ラボラトリー』スキルがある。

 一人で集中したいからと言って。小部屋の一つを占領した。さっそく集めた素材で魔法薬を作る。


 マンドラゴラが生えていたのは思いがけない幸運だ。初級魔力持続回復薬を作るつもりだったのだが、これなら上級魔力持続回復薬を作ることができそうだ。これを使えば、初級魔力回復薬を湖に投入する必要はないだろう。時間が経過すれば、湖の精霊の魔力も元通りになるはずである。


 マンドラゴラを『ラボラトリー』スキルで作り出した空間に放り込む。すぐに細かく切断して、蒸留水でグツグツと煮る。

 圧力をかけて、高温でしっかりとマンドラゴラエキスを回収した。なかなか良い色である。マンドラゴラは小さめだったが、それでも十分に使えるだろう。


 あとは黄色ガエルの粘液とトカゲの尻尾、蛇の抜け殻をしっかりと乾燥させてから、粉状にすり潰す。それらをマンドラゴラエキスに溶かし込めば完成である。

 マンドラゴラエキスをさらに煮詰めて濃縮したものに粉末を入れる。ドロッとした、濃い赤茶色の液体が出来上がった。見た目はどう見ても毒だ。


 上級魔力持続回復薬:高品質。魔力を継続的に回復させる。効果(高)。効果時間(長)。青臭いニンジンの味。


 あとはこれをカメに飲ませれば任務完了である。……飲んでくれるかな? 次に作るときは隠し味に、リンゴとハチミツを入れよう。

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