第144話 緑の回廊

 お兄様が「緑の回廊」に行ったことがあるとはいえ、地元民よりも詳しいとは思えない。迷わずカメを連れて行くことにした。


「湖の精霊様、よろしくお願いします」

「ふむ。実に良い返事じゃ。ますます気に入ったぞ」


 どうやらワンポインツもらえたようである。きっと喜ぶべきなのだろう。わぁい。そんな中、お兄様はまだ渋い顔をしていた。


「どうされたのですか、カインお兄様?」

「いや、お父様からしっかりとユリウスのことを見張っておくように頼まれたからさ。今からすることを止めるべきかどうか悩んでいるんだよ」

「そんな! お兄様は湖の精霊様を見捨てるのですか!?」

「ワシを見捨てるのか!?」


 二人がかりでキラキラした目をお兄様に向ける。「うっ」とお兄様がばつの悪そうな顔をした。それ、もう一押しじゃ! パワーを責任感に!


「お兄様、元はと言えば、湖が汚れたのは私たち人間のせいなのですよ。直接私たちがやったことではないからと言って、見なかったことにするのですか? それが貴族として、上に立つ者としてするべきことですか!?」

「やめよ、ユリウス。もう良い。良いのだ。カインをそれ以上、責めてはならん。カインにも守らなければならない約束があるのだ。ワシがこの地を守ると約束したように。……じゃが、その約束も、もうすぐ果たせなくなりそうだがな」

「湖の精霊様……」


 俺たちはカインお兄様に背中を向けてお互いに慰め合った。後ろから「あーもう!」という声が聞こえてきた。


「分かった。分かったよ。『緑の回廊』に行こう。湖の精霊様、案内をお願いします」

「任せておくれ」

「ありがとうございます!」


 計画通り!




 湖から緑の回廊まではそれほど離れていなかった。それもそうか。遠かったらカメが行き来するのは大変だろうからね。

 そこにはお兄様が言っていたように見事な遊歩道が設置されていた。立ち並ぶ木々が、残暑から俺たちを守るかのように、歩道の上に木漏れ日を作り出していた。


「明るくて、心地が良い場所ですね。とても気に入りました」

「そうだろう? 春は新緑、夏は木漏れ日、秋は紅葉、どの季節に来ても楽しめるよ」


 冬は辺り一面雪景色になるのだろう。温泉に入りに来る人たちでにぎわうのかな? それなら温泉が枯れたらまずいよね。

 道の両側には青々とした木々と、その根元には緑色の苔のようなものがビッシリと生えていた。人が通らないからこそ、この景色を保っているのかも知れない。


「遊歩道から外れても怒られたりしませんよね?」

「大丈夫だよ。禁止事項には書かれてないよ」

「それなら遠慮なく素材を探すことができそうですね」


 カメを抱えた一行が遊歩道を行く。カメはもちろん騎士に抱きかかえられている。歩いて案内されたら日が暮れてしまう。

 移動しながらもしっかりと『探索』スキルで素材を探していた。どうやらこの辺りまで冒険者が素材採取に来ることはないようで、薬草や毒消草だけでなく、魔力草もすぐに見つけることができた。ここは天然素材の宝石箱だな。


「ユリウスが探しているのはどんな素材なの?」

「トカゲにカエル、あとは蛇の抜け殻……」

「……」


 あれ? お兄様が黙り込んだぞ。男の子なら好きそうなものばかりなのに。もしかして、カインお兄様は爬虫類や両生類が苦手なのかな?


「ふむ、トカゲとカエルには見覚えがあるぞ。さすがに蛇の抜け殻は分からんがな」

「心配は要りませんよ。見つけましたから」


 え? みたいな顔でこちらを見るお兄様。俺は笑いかけると遊歩道から少し外れた。俺の後ろを慌てた様子で騎士が追いかけてきた。


「ユリウス、私が採取して袋に入れますので、場所だけ教えて下さい!」

「分かったよ。でも別に自分で採っても良いんだけど……」

「両手を汚させるわけにはいきません」


 真面目な顔をしてそう言った。うーん、いつもの緩いメンバーじゃないからやりにくいな。今護衛としてついているのはカインお兄様の護衛だ。なので、俺が普段どんな動きをしているのかは良く知らないのだろう。知ったら卒倒するかな……。


 恐らく俺が王都で問題を起こさないように、あえて俺に近い騎士たちを排除しているように思う。そこまで心配なら王都に行かせなければ良いのに。

 ……お父様も断れなかったんだろうな。中間職は大変だ。屋敷に帰ったら肩をもんであげるとしよう。


「そこにあるよ」

「ハッ! 確かに確保しました」


 なかなか良い抜け殻だと思っていると、すぐに騎士は袋にしまった。お、ちょうど良いところに青キノコがあるぞ。これも魔法薬の素材として使うことができる。


「その青いキノコも採って欲しい」

「分かりました。……大丈夫なんですよね?」

「うん」


 あまり信用はしていないようである。まあ別に構わないけどね。遊歩道に戻るとお兄様が「良く見つけたね」と不思議そうに言っていた。俺のスキルのことを知っているのか分からなかったのであやふやに返事をしておいた。


「ユリウス、向こうじゃ。向こうにちょっとした湿地がある。そこにカエルがおるぞ。お主のお目当てのカエルがおるかも知れん」

「さっそく行きましょう! お兄様はどうしますか?」

「あー、俺はここで待っておくよ」

「分かりました!」


 見つけたぞ、カインお兄様の弱点! カエルを捕まえたらさっそくお兄様に自慢しに行こう! ニヒヒと笑っていると、引きつった笑顔で「見せに来なくて良いからね」と言われた。どうやら俺の悪巧みがバレたらしい。以外に鋭いな、お兄様。


 騎士とカメと一緒に湿地に向かう。そこにはちょっとした水たまりのような場所があった。周りに苔や、小さな白い花も咲いており、ちょっとしたビオトープのようで思わず笑顔になった。


「良いな~、ここ。庭に欲しいよ」

「おお、ユリウスにはこの良さが分かるのか。うむうむ、さすがじゃ」


 何かに納得しているカメ。改めて湿地を確認すると、カエルだけでなく、トカゲも近くにいるようだ。

 さっそく捕まえようとしたのだが、またしても騎士に止められた。ちょっと過保護すぎない?


「自分で捕まえられるよ」

「いえ、我々が捕まえますので、どれを捕まえるのかだけ教えて下さい」


 どうやら石頭がそろっているようだ。いや、もしかしたら、こっちが普通なのか? 俺の周りの人たちが緩すぎるだけなのかも知れない。

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