第140話 ミラとの散歩

 挨拶回りから帰った俺はさっそくミラを誘ってクレール山へと向かった。ロザリアも一緒に行くとせがんだが、さすがに何かあった場合に対処できない可能性がある。何とかなだめて断った。


 ロザリアは不服そうな顔をしていたが、妹のためである。黒幕が完全に調べ上げられて、本当の意味で安全になったら一緒に連れて行こうと思う。

 お父様に言われたように、騎士たちを連れてクレール山に入る。『探索』スキルで周囲を警戒するが、特に怪しい反応はなかった。


「キュ! キュ!」


 久しぶりのクレール山にテンションが上がったミラが飛び跳ねている。こんなに喜んでくれるとは。連れてきて良かったな。


「ミラ、あまり遠くに行ってはいけないよ」

「キュ!」


 分かっているのかな? まあいいか。多少迷子になったところで簡単に見つけることができるからね。


「注文していた魔法薬の素材はまだ届かないのか?」

「申し訳ありません。それが競馬の警備などに人手が取られているようでして、時間がかかっているみたいです」

「そうか。それなら仕方ないね」


 まさか競馬シーズンがここまで影響するとは思わなかった。確かに今年の競馬シーズンは冒険者たちにお願いして警備についてもらっているからね。冒険者ギルドの依頼を受ける冒険者の数が少なくなるのも仕方がないことだ。


 これはどうやら競馬シーズンが終わるまで、万能薬作りはお預けになりそうだ。そもそも万能薬の素材自体が手には入りにくいものばかりだしね。今年中に作るのは難しいかも知れない。それまで何もなければ良いんだけど。


 次の日も、その次の日もミラがクレール山に行こうとせがんできた。あのつぶらな瞳でジッと見られると断れない。結局俺は残りの競馬シーズンを挨拶回りとミラとの散歩で終わる羽目になってしまった。


 しかし、悪いことばかりではない。あれからクレール山に不審人物が現れることはなかった。どうやら領内は安全になったと見て良さそうだ。あとは王都に送られた不審人物を国がどう扱うかだな。こればかりは事の成り行きを見守るしかない。


 隣国のルンドアル王国との緊張感も解消されたようである。国境を厳しく警備していた騎士たちも戻って来ているようで、騎士団の宿舎はにぎやかになっていた。

 ライオネルによると、最近俺が騎士たちに交じって鍛錬しているおかげで、より緊張感と活気に満ちているそうである。そういえばトーナメント戦とかをすると、ものすごく盛り上がるからね。

 ミラも一緒に連れてきているので、俺の強さを分かってくれたと思っている。




 そんな感じで今年の競馬シーズンは終わった。やったことと言えば、挨拶回りで色んな貴族に顔を覚えてもらったこと、ハイネ辺境伯領を調べようとしていたスパイを捕まえたこと、ミラとの散歩で終わってしまった。


 かろうじて変身薬を作れたことが収穫と言えば収穫だろう。だがしかし、それがみんなの役に立つのかと言えば疑問である。俺の姿にしかなれないしねぇ。犯罪かイタズラにしか使えないだろう。ションボリだ。


 だがこれで競馬シーズンが終わった。競馬シーズンが終われば何が始まるか。それは社交界シーズンである。

 つまり、両親とカインお兄様が王都に行く。俺は自由だ!


「え? 私も王都にですか? いや、別に行きたいとは思わないのですが……」


 夕食の席で、突如としてお父様がそう切り出した。これは予想外である。今までそんなこと言われたことなかったのに。


「それがな、ユリウス。お前が公開した『万能薬』を王城の魔法薬師たちが作ろうとしたのだが、ずいぶんと失敗したらしい。具体的に言うと、完成したのは一割にも満たなかったそうだ」

「そ、そうですか……」


 まあ、『ラボラトリー』スキルなしじゃ、作るのは非常に難しいだろうからね。魔法薬を極めた俺でも、スキルなしだったら成功率は七、八割くらいになるだろう。しょうがないね。俺のせいでも、王宮魔法薬師たちのせいでもない。当然の結果だ。でも一割って……ちょっと不甲斐ないよね?


「王城の魔法薬師が万能薬を完成させたおかげで、ハイネ辺境伯領に向いていた疑惑の目がそちらに向いたことだろう。これでハイネ辺境伯領はより安全になったと言える」


 なるほど、確かにそうだな。国王陛下が率先して万能薬を作らせたのは、万能薬が欲しかっただけでなく、自分たちの方に目を向けさせる狙いがあったのかも知れない。

 王城ならそう簡単にスパイ活動ができないだろうからね。警備の数が段違いである。


「それでだ。ぜひユリウスに教えてもらいたいと言う話が出ている」


 これはあれか、ハイネ辺境伯領の安全を確保してあげたのだから、少しは協力してくれてもいいじゃないという感じなのかも知れないな。別に教える分には構わないんだけど、王都に行ってもすることがないんだよね。


「私が王都に行くとなると、ハイネ辺境伯領に残るのがロザリアだけになってしまいますが……」


 チラリとロザリアを見た。お母様の隣に座っているロザリアの動きは止まっている。顔色も良くない。


「その心配は要らない。私とアメリアがハイネ辺境伯領に残るからな」

「えええ!?」

「驚くことはあるまい? 昨年、両親が亡くなったのだ。それから一年は喪に服すのが習わしだ。社交界に顔を出すなどすればどのように言われるか。だから今年の社交界シーズンはアレックスに任せてある」


 なるほど、アレックスお兄様の人脈を広げておこうということか。ダニエラ様とのこともあるしね。今のうちから下地を作っておこうということなのだろう。

 だがちょっと待って欲しい。


 喪に服すのが習わしとか言って、派手に競馬を開催したよね? その辺りはどうなるんだ? あー、もしかして、それで俺が中心になって挨拶回りすることになっていたのか。道理でお母様が俺の後ろに控えていることが多いと思ったよ。


 単純に隣国との国境線を警戒しているだけじゃなくて、こんな側面もあったのね。俺もまだまだだな。こんなことなら競馬開催を阻止していた方が良かったかも知れない。

 ……いや、ダメだな。ハイネ辺境伯領内の貴重な収入源だ。今さら毎年恒例の競馬シーズンをなくすことは無理だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る