第139話 一難は去ったらしい

 屋敷に戻るとミラが飛んできた。どうやら俺が帰ってくるのを待っていたようだった。遊んで欲しいのかな?


「キュ!」

「ただいま、ミラ。厄介事が片付きそうだから、クレール山にまた行けるようになるよ」

「キュ!」


 ミラが俺の周りを飛び回った。どうやらうれしいようである。さすがに今から行くのは無理だろう。せめて何か情報が得られてから行動すべきだろうな。あとはどれだけあのスパイたちから情報を絞り出せるかだな。どうやって情報を聞き出すのかは知らんけど。


 自白剤とか作っちゃう? でもなぁ、相手の思考を操るような魔法薬を作るのは、何だか自分のポリシーに反するような気がする。今は静かに見守ることにしよう。


 どのようにして尋問したのかは分からないが、その日のうちにある程度の情報を聞き出せたようである。拠点としていた場所も分かり、すぐに手の空いている騎士たちが向かった。その結果、追加で一人のスパイが捕まった。


 どうやらこれで全員のようである。もちろん拠点内は調べられ、そこにあったものは全て押収されている。これで毒殺事件から始まる一連のことを解決できれば良いんだけど。


 そんな情報を聞きつつミラとサロンで戯れていると、お父様から呼び出したかかった。きっと今回の事件についてのことだろう。ミラにサロンで待つように言ってから、お父様が待つ執務室へと向かった。


「ユリウスです」

「入れ」


 執務室の中にはお父様しかいなかった。何となく事情を察しつつ、応接用のソファーに座る。そんな俺の前にお父様が座った。


「ユリウスのお陰で、今回の件は事なきを得そうだ。捕まえた人物はやはりラザール帝国の密偵だった」

「そうですか」

「だが、ユリウスには申し訳ないが、これ以上のことは話すことができない」


 お父様の口が真一文字に結ばれている。顔つきも真剣そのものだ。どうあっても言うつもりはないのだろう。そんなことだろうと思ったよ。


「それで構いませんよ。ハイネ辺境伯家に、ハイネ辺境伯領に問題がなければそれで結構です」

「そうか。ユリウスは本当に変わっているな」

「変わっている?」


 思わぬ言葉に首をひねるとお父様が大きくうなずいた。そしてジッとこちらを見つめてきた。どう言うことなんだ? 俺が何者なのかを見極めようとしているのかな? でもそれは不可能だろう。

 俺が突如としてどこからか現れたのなら、出身や生い立ちを知りたがるだろうが、ユリウス・ハイネとして生まれたからね。それ以上の何者でもない。


「ユリウスは聞き分けが良すぎる。私からこう言われるのを予想していたのではないかね?」

「それはまあ、そうですけど。でもお父様が話そうとしても止めていましたよ」

「なるほど、余計な問題を抱えたくないか」


 お父様がニヤリと笑った。俺もそれに笑顔で応えた。国同士のいざこざに首を突っ込むとか、たかだか十歳児がすることではない。そんな面倒くさそうなことは大人に任せておけば良いのだ。


「ラザール帝国の密偵は王都に送ることにした。それをどう使うかは国王陛下の考え次第だ」

「そうですか。これで私がお父様の代役をする必要もなくなりましたね。ようやく肩の荷が下りますよ」

「そうはいかん」

「え?」


 あれれ? 黒幕はラザール帝国であり、隣国のルンドアル王国は無関係なんじゃないのかな。それなら俺の役目は終わったと思ったんだけど、もしかして違うのか?

 せっかくこれからはミラとクレール山に行ったり、素材を集めに出かけたり、新しい魔法薬を作ったりしようと思ったのに。


「ユリウスの評判が良くてな、また顔を見せて欲しいと頼まれているのだよ。だからこれからも代行を頼むことになるだろう」

「そ、そうですか」


 どうやら頑張りすぎたみたいである。そりゃ確かに、お父様の顔に泥を塗ることがないように、顔がつりそうなほど愛想笑いしながら対応したり、ヨイショして話をしたりしたけど、まさかそれがこんなことになるだなんて。


 失敗した。無愛想に、つっけんどんな対応をしておくべきだった。ようやく肩の荷が下りると思ったのに、そんなことはなかった。今年の夏は特に何もできないまま終わりそうである。部屋に戻った俺はガックリとうなだれた。




 翌日もお父様に頼まれたように挨拶回りを行った。今回からはお父様も一緒である。それって俺がいる必要はないんじゃないかと思うのだが、マスコットが必要みたいなので渋々同行する。


 そしてこの時点で分かったことがある。やはり隣国のルンドアル王国は今回の事件に一切関係していない。でなければ、お父様はまだ国境線の守りを固め、監視をするべく、この場にいないはずである。

 どうやらお父様は隣国との国境をそこまで厳重に警戒する必要はないと判断しているようだ。


 まずはひと安心だな。これでいきなり戦争になることはなさそうである。ハイネ辺境伯領が戦争で荒れることは、しばらくの間はなさそうである。


「お父様、挨拶回りが一通り終わったら、クレール山に行ってもよろしいですか?」

「ふむ、そうだな……」


 スパイがまとめて捕縛されたとは言え、さすがにすぐには難しいかな? でもこれ以上、ミラを待たせるわけにもいかないし。


「許可しよう。だが、必ず護衛をつけてから行くように」

「分かりました。ありがとうございます!」

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