第135話 再現できないもの

 目の前に全裸の自分がいる状況はとてもいたたまれない気分になる。俺は嫌がるミラに無理やり服を着せた。そのころにはライオネルも服を着替え終わっていたので、二人がかりで頑張った。

 どうやら普段から裸族のミラにとっては、服が窮屈で仕方がないようである。


「これ、嫌」

「そう言うなよミラ。今だけ、今だけで良いから!」

「え~? もう、しょうがないなぁ……」


 かなり渋々ではあったが受け入れてくれたようである。これは普段からミラに服を着せて慣れさせておく必要があるのかも知れない。でもこの感じだと、服を作っても着るのを嫌がりそうだな。


「ミラ様をユリウス様の姿にしてどうするのですか?」

「ああ、それね。ミラと話せるか試してみたかったんだよ。ほら、ミラは『キュ』しか言わないだろ? 卵の状態では念話のようなもので話すことができたからさ。まだ話せないのかと思って」


 チラリとミラに視線を送った。それに気がついたのか、首をひねった。


「念話? わかんない」

「分からないかー」


 どうやら卵の状態のときの記憶はないようである。もしかするとあれはミラの母親が、子供のために一時的に残しておいた能力なのかも知れない。

 無事に卵がかえったことでその能力が失われてしまったのかな? もう少し大きくならないと、ミラは念話が使えないのかも知れないな。


「ミラ、何か欲しい物はないかな?」

「遊んで欲しい!」

「そっか~」


 そうなんだけど、そうじゃない気がする。今、ではなく、日常的に思っている欲しい物の話なんだけどミラにはちょっと早すぎたかな? でも、その答えを聞くと、どうやら何か不自由していることはなさそうである。


「ユリウス様、いかがいたします?」

「ミラ、ちょっとだけ待っていてね。あとでたくさん遊んであげるから」

「キュ!」


 どうやら返事はいつものようである。ミラと遊ぶのはいつでもできる。だがしかし、ライオネルの動きの確認はいつでもできるわけではない。優先度はこちらの方が高かった。

 俺はミラを適当なイスに座らせると、ライオネルと向き合った。察しが良いライオネルはすでに準備を整えてくれた。


「ユリウス様、どうぞ」

「ありがとう。それじゃ、まずは軽く打ち合うとしよう」

「ハッ!」


 ライオネルが良い返事をした。その返事をしたのが自分なので何だが微妙な気持ちになる。でもそこは切り替えないとな。俺たちはお互いに木剣を構えて距離を取った。

 まずは動作の確認だ。ライオネルがじっくりと確認できるように、前回、ライオネルと戦ったときよりも緩慢な動きである。


 カンカンと木剣が打ち合う音がする。その様子をミラが目を輝かせて見ていた。これはあれだな。絶対「自分もそれをやりたい」と言う目だな。まあいいか。

 そのまま何度も打ち合い、後ろに飛んだり、横に飛んだり、木剣で受けてみたりを繰り返した。


 その動きは少しずつ速くなっていく。ライオネルも動きに慣れて来たのか、最初のころの硬さはなくなり、しなやかなムチのような動きになっている。


「素晴らしいですな、ユリウス様の体は。良く鍛えられていらっしゃる」

「そうかな?」


 やっていることと言えば、自室でのラジオ体操くらい何だけど、あれが効いているのかな? 恐るべしラジオ体操。そんなことを思っていると、ライオネルの攻撃が鋭くなってきた。うお、どうやら本気になってきたようである。負けじと俺も本気モードになってきた。


 三十分ほど打ち合っただろうか。ライオネルが待ったをかけてきた。お互いに汗ビッショリである。


「参りました、ユリウス様。私の負けです」

「どうしたんだ、急に?」

「私はもう限界ですよ」


 うーん、どうやら体力は俺の方が上なのかな? 俺と同じ姿なら、体力も同じような気がするんだけどね。


「やっぱり魔法薬だと、完全に再現することはできないのかな?」

「潜在的な力は再現できないのだと思います。例えば魔法。ユリウス様は使えますが、ユリウス様の姿になった私では使えないみたいです」

「そうなのか!? それは知らなかった」


 どうやら肉体は再現されるが、それ以外の潜在能力は別物として扱われるようだ。つまりライオネルは魔法を使えないし、俺が持っているスキルも使うことができないというわけだ。


 俺は途中から強化魔法を使って体の動きを制御していたが、ライオネルは自分の持つ技術とスキルだけで戦っていたというわけだ。それならライオネルの方が先に体が動かなくなるのは当然なのかも知れない。


 冷静に考えればそうか。中身はライオネルだもんね。ライオネルの中身が再現されるのは当然であると言えるだろう。


「これは俺が囮になった方が……」

「なりませんぞ、ユリウス様」


 キッパリと否定するライオネル。もう、ライオネルは心配性だな、などとは笑えないか。俺に万が一のことがあればライオネルの首が飛ぶだろう。それはまずい。


「次はボクだよ!」

「お、そうだったな、ミラ。ライオネル、木剣をミラに渡してくれ」

「良いのですか?」

「いいとも。ずっと狙っていたみたいだからね」

「キュ!」


 ボク、か。どうやらミラは男の子だったようである。良かった。まさかボクっ子じゃないよね? 男の娘とかじゃないよね? うーん、分からん。

 ミラは木剣を受け取ると、見よう見まねで振っていた。楽しそうで何よりだ。


 ミラが剣を振ることはないだろうが、せっかくなので教えてあげる。自分と戦うのも微妙な気持ちだったが、自分に教えるのも微妙な気分である。決して上達することはなかったが、楽しそうにしていたのでこれで良かったのだと思う。


 ライオネルが飲んだ魔法薬の量よりも少ないはずなのに、ミラはまだ俺の姿を保っていた。やはり予想通り、元の体の大きさで効果時間が変わるようである。ミラにたくさん飲ませなくて良かった。


 そうやってミラに剣術の手ほどきもどきをやっていると、だれかが室内訓練場にやってきたようだ。入り口の方で音がしたかと思うと、扉がガラリと開いた。

 訓練場はだれでも自由に使って良いことになっている。特に許可を取る必要はなく、そのためノックする必要もない。


「あ」


 俺たちはそろって声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る